同社の BIM 推進体制は、着実に進化してきた。2014 年に発足した「デジタルデザイン室」を機に BIM の導入にかじを切り、18 年には「デジタルデザイン推進室」に格上げし、全社展開へと歩を進めた。現在の推進組織となる「BIM 推進室」に改名した 20 年を出発点に、本格導入フェイズに入った。
23 年には DX 推進部を立ち上げ、その中に BIM 推進室を位置付けた。DX 推進部には専任 14 人に加え、兼任約 30 人を配置し、幅広い部門から人材を集約した。川村浩執行役員 DX 推進部長は「特定のプロジェクトで BIM にトライする時代を経て、現在は DX(デジタルトランスフォーメーション)の中心に BIM を置き、将来は蓄積データを業務に幅広く活用できるような体制を確立する」と強調する。
BIM 推進の柱に位置付けるのは「教育」「ツール開発」「運用」の 3 点だ。組織の BIM レベル向上に力を注ぐ教育については、新入社員や各職能の階層別にオートデスクの BIM ソフト『Revit』の基礎講習を位置付けるほか、協力スタッフへの BIM スキルチェックや BIM モデリングガイドライン講習なども実施している。
22 年からスタートした「BIM Boot Camp」は、同社ならではの試みの 1 つだ。BIM に意欲的に取り組む設計者を選抜し、BIM を先導するチャンピオンとして育てることで、従事する BIM プロジェクトを成功に導くとともに、社内の推進役として活躍してもらうことが狙い。山田渉 BIM 推進室長は「着実に BIM 導入の流れは広がっているものの、思うようなスピードでは浸透していない。推進役を軸に成功事例を着実に積み上げていく」と思いを込める。
同社は BIM の定着に向け、新規案件の BIM 導入割合を目標として掲げ、数年後は全体の 2、3 割の到達を目指すが、社内の幅広い層に BIM が普及するよう達成可能な目標を段階的に設定していく。川村氏は「目標達成には、BIM に前向きな若手だけでなく、ベテランの設計者も含めて意識を変えていくことが欠かせない。意識改革が重点テーマの 1 つ」と説明する。
その背景には、BIM 建築確認申請が目前に迫っていることも関係している。国土交通省は BIM データから出力した図書を建築確認申請に使う BIM 図面審査を 26 年春から開始することを決め、29 年春からは BIM データ審査に乗り出す方針を持っている。山田氏は「社として BIM 確認申請への対応は不可欠であり、そのためにも導入率を着実に引き上げていくことが急務」と考えている。
先行する導入プロジェクトでは、BIM データをフル活用したデジタルデザインの成果が着実に見えてきたほか、BIM 活用に向けたツール開発も活発化している。谷澤社長は「BIM が真のメリットを発揮するために施主、設計者、施工者、ビル管理会社など事業にかかわる関係者が密に連携する枠組みを提示し、新築からリニューアルまで一気通貫で BIM データを活用していくことが重要になる」と先を見据える。三菱地所グループの設計組織である同社はより事業者目線の BIM 活用を目指そうと動き出した。
デジタルデザインの進展を意識/竣工後を見据えモデル構築
三菱地所が東京・常盤橋で開発を進める「TOKYO TORCH」(大手町二丁目常盤橋地区第一種市街地再開発事業)では 2021 年 6 月に「常盤橋タワー」、22 年 3 月に「銭瓶町ビルディング」が完成し、23 年 9 月からは 28 年の竣工を目指して高さ約 390 m の「Torch Tower(トーチタワー)」が着工した。
敷地面積は東京駅周辺で最大の約 3.1 ha。大手町連鎖型都市再生プロジェクトの第 4 次事業として、街区内の下水ポンプ所や変電所といった都心の重要インフラの機能を維持・更新しながら、10 年以上をかけて 4 棟のビル開発を進めている。トーチタワーは地下 4 階地上 62 階建て延べ 55 万 3000 m²。設計を三菱地所設計、施工を清水建設が担当している。
三菱地所設計が同事業に参画したのは 07 年にさかのぼる。当初は 2 次元で設計を進めてきたが、プラン検討が動き出した 13 年からはオートデスクの BIM ソフト『Revit』を導入し、図面の作図だけでなく、3 次元モデルによる可視化効果を生かしてプレゼンテーションにも活用し始めた。TOKYO TORCH 設計室の永田大輔チーフアーキテクトは「設計に入ってからは BIM をフル活用し、複雑な構成の建物の検証を進めてきた」と振り返る。
先行した常盤橋タワーは、敷地地下に首都高速道路と変電所の構造躯体があるため、不整形な地下平面に対して斜め柱のオーバーハング架構を採用するなど、地下インフラに寄り添う構造計画を立案した。トーチタワーでは外周にブレースを配置して建物全体を包み込む外郭ブレース制震構造を採用し、奥行き約 20 m、窓面基本スパン 10.8 m(最大 21.6 m)という開放的な空間を可能にした。同社は 3 次元シミュレーションを至る所で取り入れ、頻繁に発生する設計変更の面積管理にも Revit を活用している。
永田氏が「従来の建築の在り方が用途や空間を明確に仕切る『実線』の建築であるとすれば、トーチタワーは用途や空間をゆるやかにつなぐ『点線』の建築」と説明するように、建物に集積する機能はオフィスやホテル、ホール、商業施設など多岐にわたり、しかも自然と建築と人々のアクティビティーが融合する空中散歩道や屋上庭園も配置する。
高さ約 300 m の位置には周囲をガラス壁で囲まれつつも屋根がない屋外空間も計画しており、「オフィス排気の利活用によって居住域空調と植生環境を整え、エネルギーパフォーマンスを最大限に引き出した超自然空間を実現する」と付け加える。
TOKYO TORCH 設計室は全社としての導入に踏み切る前から Revit を設計ツールとして活用してきた。永田氏は「将来を見据え、デジタルデザインの流れが今後進展していくとの意識があり、チームとして先行して導入に踏み切った」と明かす。実施設計にも Revit を使い、現在は施工者と連携しながら BIM データを軸に密な連携を進めている。「われわれは竣工後を見据えて Revit モデルの構築を進めており、設計から施工、さらには将来的に維持管理の段階まで一貫して活用していくことも視野に入れて進めていきたい」と強調する。
トーチタワーの担当者が先行して Revit を導入してきたように、近年は建物特性を見極めながら設計者が自主的に Revit を使う流れが広がってきた。山田氏は「現在は設計者の全員が無理なく Revit を使える環境を整えている。社内では設計者が主体的にチャレンジしながら、プロジェクト特性に合わせた最適な BIM 活用事例が増えてきた」と手応えを口にする。
クラウド基盤に密接な情報共有/統合モデルにもチャレンジ
三菱地所設計では、全職能の設計者が足並みをそろえてオートデスクの BIM ソフト『Revit』を使う案件が増えてきた。2023 年 11 月につくば市で竣工した新菱冷熱工業イノベーションハブ本館もその 1 つだ。規模は鉄骨造一部 RC 造 3 階建て延べ 4807 m²。設計を同社、施工は建築工事を竹中工務店、機械設備工事を新菱冷熱工業・城口研究所 JV、電気設備工事を大栄電気が担当した。
同プロジェクトは、一般的な研究施設のように建物の内外を切り分けることなく、屋外から半屋外、屋内へと多様な空間、温湿度、光環境を組み合わせた「環境グラデーション」としてつなぎ、さまざまなワークプレイスへの展開を設計コンセプトに設定した。
利用者が働く場所を選ぶことができる ABW(アクティビティー・ベースド・ワーキング)に、それぞれの場所の特性に応じて空調制御や照明計画を行い、空気や照明、空間スケールなどのバリエーション豊富な環境機能を付加した「ABW+e(エンバイロメント)」を掲げ、新しい空間創出の下、研究への考察や気付きのきっかけを感じられる施設を実現した。
大屋根による日射遮蔽に加え、この建物向けに開発されたさまざまな省エネルギー技術、太陽光パネルの導入によって、設計段階における 1 次エネルギー消費量を基準値より 114 % 削減したことで、建築物省エネルギー性能表示制度(BELS)の最高評価である『ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)』を取得するとともに、バリエーション豊かな空間や周辺の緑を取り込んだ環境づくりによって、建築環境総合性能評価システム(CASBEE)ではウェルネスオフィス最高評価の「S ランク」も取得した。
建築主である新菱冷熱工業は、国土交通省の令和 2-4 年度 BIM を活用した建築生産・維持管理プロセス円滑化モデル事業に応募し、採択された。社内外のプロジェクト関係者は、オートデスクの建設クラウドプラットフォーム『Autodesk Construction Cloud(ACC)』を基盤に情報を共有し、設計から施工までつながる BIM 活用に加え、維持管理にもBIMデータを取り込んだ。
三菱地所設計の設計チームは意匠、構造、設備の 10 人で構成した。このうち Revit 経験者はわずか 2 人だった。残り 8 人は 2 日間の Revit 研修を受けた上でプロジェクトに挑んだ。北海道支店の小林はるかチーフアーキテクトもその 1 人だ。「設計期間は従来よりも少し時間がかかったが、BIM 推進室の協力の下、BIM を全面的に取り入れて進めることができた。積算にも Revit データを活用したほか、当社として意匠、構造、設備の統合モデルにチャレンジした初のプロジェクトでもあった」と振り返る。
プラン検討では、各種シミュレーションツールを使いながら、ZEB 達成への影響度を確認しながら進めることで手戻りを減らした。プロジェクト初期段階に詳細な BIM 実行計画書(BEP)を策定し、プロジェクト関係者と BIM の実施内容を共有できたことも成果の 1 つだ。
建築主であり、機械設備工事も担当した新菱冷熱工業は、当時から社を挙げて BIM 導入を推し進めてきた。山田氏は「建築主と同じ目線で BIM に取り組めたことも、大きな後押しになった」と強調する。
社を挙げて BIM 導入にかじを切った三菱地所設計では、BIM データを有効に利活用するための便利ツールの開発も活発化しており、それが設計者の BIM 活用を後押しする原動力にもなろうとしている。
蓄積データを設計の新たな価値へ/便利ツールで業務迅速化
数年先に新規案件の 2、3 割で BIM 導入を目指している三菱地所設計では、BIM 推進室が中心になり、より効果的に BIM を活用するためのツール開発が進行中だ。同室の平野暁子チーフアーキテクトは「自身の経験を生かし、設計時に苦労していた作業の効率アップをテーマに、便利ツールの開発を積極的に進めている」と説明する。
その 1 つが計画立案時の敷地把握・プラン検討ツールだ。設計者は事業検討の一環として敷地をベースに簡易プランを導き、延べ床面積などを割り出している。オートデスクの BIM ソフト『Revit』をデータベースとして位置付け、対象敷地の住所を入れるだけで、国土地理院の基盤地図情報から敷地形状、国土交通省が公開する用途地域情報を取り込むとともに、3 次元都市モデル「PLATEAU」を基に周辺建物の情報も取得し、斜線制限などを踏まえた建築可能ボリュームを生成する。
既に十数件のプロジェクトに活用しており、従来に比べて大幅に作業を効率化できることから、今年度から社内で本格運用に乗り出す。「Revit にどのような情報を入れるかの見極めが重要であり、必要なものだけを整理することで、より迅速に作業を進められる」と強調する。
プラン検討では用途別に色分けした 2 次元データからボタン 1 つで 3 次元化が完了し、建物ボリュームを即座に可視化するとともに全体面積を迅速に割り出す。用途別面積を自社の面積表フォーマットに反映する仕組みも開発した。社内では「これまでより少ない工数で高いクオリティーが発揮できる」との声が多く上がっており、近く社内ツールとして全社展開する計画だ。
「BIM と技術の組み合わせが重要な視点」と語るのは、BIM 推進室兼機械設備設計部チーフエンジニアの矢野健太郎氏だ。「設計ツールとして Revit を使うだけでは BIM の本来の効果を最大限に引き出せない。Revit に蓄積したデータを利活用し、設計サービスと結び付けることが新たな価値を生む」と力を込める。
これまでにオートデスクのビジュアルプログラミングツール『Dynamo』を使い、業務効率を引き上げるための支援ツールや、蓄積データと外部システムをつなぐ連携ツールに加え、設備機器に RFID タグを取り付け、Revit と連携した維持管理ツールなども開発した。BIM ツールを開発する社内の先導役として、細かなものまで含めれば 30 以上のツールを手掛けているという。
同社は BIM を軸に DX 戦略を展開する中で「BIM とテクノロジーの掛け合わせ」を重要視している。地図情報との連携も有効であり、BIM がビル単体だけでなく、街区全体でデータを管理できる有効なツールになるだけに「クラウドに情報を蓄積しながら、そこから関係者が情報を出し入れするプラットフォームの確立が不可欠」と強調する。
同じく重要視するのは「当事者の意識で BIM と向き合う」ことだ。BIM という情報連携の仕組みを理解し、ステークホルダーに BIM を活用した価値創造の提案をするためにも「“まちづくり BIM”の本質をとらえた BIM 人材の育成が欠かせない」と訴える。社内ではオートデスクの建設クラウドプラットフォーム『Autodesk Construction Cloud(ACC)』を基盤にデータ連携を進めているが、三菱地所グループとして街区全体の BIM プラットフォームを確立するためには「事業関係者がもつ別の CDE(共通データ環境)とも密接に連携できる枠組みが求められる」からだ。
街区の視点から事業可能性把握/独自プラットフォーム確立
三菱地所設計では東京・大手町、丸の内、有楽町の大丸有地区の既存ビル 22 棟を BIM モデル化し、都市の視点から BIM データをどう活用すべきかを検証した。各施設の図面を基にモデル詳細度(LOD)200 で 3 次元モデルを作成し、テナント店舗の情報や昇降機などの可動設備、トイレ、屋外広告物に関する情報などを別のデータベースに整理した上でモデルとひも付け、ウエブブラウザー上に可視化した。
BIM 推進室の平野氏は「ビル単体でなく、街区全体の視点から情報を利活用することが狙い」と説明する。人の流れと施設情報を連携することで、災害時の詳細な避難シミュレーションができる。ビル単体の情報を街区単位で集約すれば、観光案内やテナントリーシングなど、あらゆる場面を想定したデータ分析も可能になる。そこには同社が目指す“まちづくり BIM”を見据えたプラットフォームの在り方が垣間見える。
昨年の関東大震災から 100 年の節目には、社内に「メタ・アーカイブス研究会」を立ち上げ、自社で保管する丸ノ内ビルヂングの図面や写真を使い、当時から現在までの東京・丸の内をメタバース上に空間として再現し、オンラインゲーム「Fortnite(フォートナイト)」上に公開するなどの取り組みも進めてきた。
東京・常盤橋で 2028 年の全体開業に向けて工事が進む「Torch Tower(トーチタワー)」では、実世界と仮想世界を融合する XR(あらゆる仮想空間技術)にも取り組んだ。BIM データでは容量が大きすぎるため、簡略したモデルを使って XR 化を実現。
三菱地所など事業関係者にモデルを共有し、390 m という日本一の高さを誇るトーチタワーが周辺環境とどう調和するかを確かめる一環だったが、同時に設計者の役割として BIM データをどこまで利活用すべきかを考えるきっかけにもなった。
同社は BIM ソフト『Revit』のデータを、建設クラウドプラットフォーム『Autodesk Construction Cloud(ACC)』に蓄積し、それをプロジェクト関係者間で共有する枠組みを構築しているが、「蓄積したデータを完成後のビル事業の視点でも利活用していきたい」との思いがある。
新規プロジェクトへの BIM 導入割合は数年後に 2、3 割を目指している。川村氏は「BIM の実績を着実に積み上げていく中で、三菱地所グループの設計事務所として、独自の BIM プラットフォームを確立していくことが当社の使命」と強調する。
重要視するのは、維持管理段階の BIM であり、ビルオーナーや開発事業者としての目線だ。三菱地所が東京・大丸有地区で既存建物の建て替えによる連鎖形の再開発事業に取り組んでいるように、面的な視点から建設事業をとらえることが、他のエリアでも強く求められている。大丸有地区をモチーフに実証的に構築中の BIM プラットフォームのように「まちづくりの視点から BIM データの利活用をとらえていきたい」と力を込める。
本来の BIM は建設生産の作業効率化や業務品質の向上を主眼に置くが、同社は将来的に蓄積したデータをビル事業予測にも活用しようと考え、まちづくりへの展開を BIM 活用の到達点に位置付けている。設計対象である建築物の事業可能性をビル単体だけでなく、街区全体の視点から突き詰める“まちづくり BIM”の実現が、DX 戦略の根幹になる。同社は次のステージに向けた力強い一歩を踏み出した。
この事例は2024年8月26日から8月30日までに日刊建設通信新聞で掲載された「連載・BIM/CIM未来図 三菱地所設計」を再編集しています。