同社は 2023 年 9 月期から 3 カ年の現行中期経営計画で 30 年に向けた長期ビジョン「未来・環境エンジニアリングカンパニー」を掲げた。ここで目指すべき施工現場の姿を描き、それを実現するための道筋として、施工プロセス変革を打ち出した。
計画最終の 24 年 10 月期からは、技術統括本部とデジタルトランスフォーメーション推進本部の連携をより強化するため、焼田氏が両本部長を兼務する体制に切り替えた。「この 2 年で基盤は固まった。次のステップとしてデジタルと技術を密接に融合し、新たな価値提供を実現する」と説明する。
設備工事は建物の形状や仕様によって条件が細部にわたって異なるため、施工の自動化や標準化が難しいと言われてきた。同社は BIM を軸としたデジタル化を推し進めることにより、BIM データを活用した工業化への道筋を整えようとしている。「施工のあり方は大きく変わり、同時に組織の在り方も進化する。蓄積したデータを活用することで脱炭素技術やライフサイクルアセスメント(LCA)などの新たなソリューションにつなげていく」と先を見据える。
同社が描くのは施工現場、オフサイト、バックオフィスが密接に相互連携する姿だ。これまでは最前線の施工現場が主体的に進んできた。バックオフィスが施工計画やコスト管理などを先導し、オフサイトが現場進捗に合わせて資機材のユニット化を先導できれば、施工現場はより本業の品質や安全、工程の管理に専念できる。
現行中期経営計画がスタートした 22 年 10 月から、オートデスクの BIM ソフト『Revit』を本格導入し、BIM データを軸に 3 拠点が連携する施工体制の確立に向けて動き出した。クラウドに蓄積したデータを関係者で共有するオートデスクのプラットフォーム戦略が、同社の目指す姿と一致したことから、今年 2 月には両社間でデジタルによって業務プロセス変革を加速するための戦略的提携(MOU)も結んだ。
施工プロセス変革に取り組む背景には、将来的に現場作業員の確保が難しくなる懸念がある。設備のユニット化を突き詰めることで、現場は“レゴブロック”を組むように、限られた人数でより効率的に作業を進められるようになる。施工現場、オフサイト、バックオフィスをつなぐ基盤として「明確にBIM データを位置付け、運用していくことが生命線になる」と思いを込める。
同社は 22 年 10 月にデジタルトランスフォーメーション推進本部を立ち上げ、同時にこれまで独立させていた BIM 推進部門を、BIM 課として本部内の機能に加えた。社内には「BIM を基本とした施工を目指す」という明確なメッセージを掲げ、現場運営上の情報共有ツールとしてオートデスクの建設クラウドプラットフォーム『Autodesk Construction Cloud(ACC)』を位置付けた。「われわれの施工 DX(デジタルトランスフォーメーション)は Revit と ACC によって実現する。オートデスクとの二人三脚で挑んでいく」と先を見据える。
蓄積データから現場ノウハウを数値化/Revit の定着に力注ぐ
新菱冷熱工業は、施工プロセスの変革によって施工現場、オフサイト、バックオフィスを密接に連携させながら現場業務の全体最適を図る。それをつなぐ基盤データとして BIM の活用を明確に位置付ける。2022 年 10 月に発足したデジタルトランスフォーメーション推進本部が先導する形で、施工プロセスのデータ連携基盤を構築してきた。
同本部は生産技術、デジタル推進企画、基幹システムの 3 部体制となり、人員は社員 96 人に CAD オペレーターなどの派遣社員も含め総勢 168 人に達する。その中で BIM データ連携の基盤づくりを担うデジタル推進企画部は BIM、施工プロセス、DX 開発の 3 課で構成する。同本部副本部長も務める齋藤佳洋デジタル推進企画部長は「各課が密接に連携しながら施工現場、オフサイト、バックオフィスをつなぐデータ連携環境を整えている」と説明する。
施工プロセスの基盤づくりに並行して、本格導入に踏み切ったオートデスクの BIM ソフト『Revit』の定着にも力を注ぐ。焼田氏は「施工プロセス変革の中心ツールに位置付ける Revit を社内に浸透させ、それによって仕事や業務がどう変わったか、その成功体験を着実に積み上げていくことが大切」と考えている。
背景には、同社が常に最適化を追い求めてきた施工 CAD の歴史がある。1980 年代に自社開発の 2 次元 CAD、90 年代には 3 次元 CAD を開発し、3 次元情報を活用した設計施工の高度化を進め、2000 年代に入ってからは設備施工業務に特化した「S-CAD」を確立した。まさに自社開発 CAD が同社の生産性向上を下支えしてきたが、デジタル技術の進歩に合わせて機能を維持していくことが難しくなった。市販ツールに乗り換えることを決め、20 年 1 月から 3 カ年かけて各部門が複数のツールを比較検証してきた。
3 年の検証期間を経て、最終的に Revit の導入を決めたが、受注プロジェクトでは建築工事を請け負うゼネコンが CAD を指定するケースも少なくない。社内では Revit を軸に置くが、プロジェクトによっては他のツールで対応せざるを得ない場面もある。BIM 課の酒本晋太郎課長は「さまざまな状況に対応しながらも、いかに Revit を社内に浸透させていくかが、われわれのミッションでもある」と明かす。
Revit を活用するためのファミリやマニュアル整備に並行して、各プロジェクトの蓄積データを別の業務に生かす仕掛けづくりも、オートデスクと連携しながら進めている。その 1 つが BI(ビジネス・インテリジェンス)ツールの開発だ。プロジェクトの工程計画を可視化し、現場で利活用するだけでなく、将来的には蓄積した情報をデータベース化し、現場運営のツールとしても活用する。今年 4 月に着工した新本社ビルプロジェクト(東京都新宿区)にも導入を決めた。
オートデスクの建設クラウドプラットフォーム『Autodesk Construction Cloud(ACC)』を基盤に位置付け、BIMモデルと工程計画を統合することで、現場の進捗状況を視覚的にプロジェクト関係者間で共有していく。「データを積み上げ、現場担当のノウハウ部分を数値化できれば、経験が浅い現場代理人の支援ツールとしても活用できる」と期待している。
施工プロセス変革の重点テーマであるユニット化の取り組みも、対象数を増やすことが生産合理化に直結することから、BIM データの活用が生命線になっている。
オフサイト生産の拡充で競争力強化/ユニット修正の自動化も実現
施工プロセス変革を推し進める新菱冷熱工業にとって、施工現場に設備部材をユニット化して供給するオフサイト化の拡充は、競争力強化の取り組みでもある。デジタルトランスフォーメーション推進本部デジタル推進企画部の施工プロセス課がデジタル活用の視点から施工現場、オフサイト、バックオフィスの3拠点をつなぐ役割を担っている。
オフサイト化は、生産性向上の一環として同業他社も取り組む重点戦略だけに、企業によってオフサイトの在り方が異なる。同社は部材メーカーや協力会社と連携したファブレス生産のスタイルを志向する。3 年前から本格的にかじを切り、現在はメーカー 1 社、管材代理店 9 社に加え、協力会社 7 社とも連携し、現時点で 30 現場を超える導入実績がある。
これまでは施設図面やプロジェクト特性を踏まえ、ユニット化の対象を現場側に提案してきたが、最近は同課が主体的に導入対象を決めるケースも増えてきた。浜野明大デジタル推進企画部次長は「重要なのは従来のユニットにとどまらず、新しいユニットを考案し、全体工事量におけるユニット化率を上げて現場労務を削減することであり、BIM 課と密接に連携しながらデータの有効活用に取り組んでいる」と説明する。
本格導入するオートデスクの BIM ソフト『Revit』を活用し、寸法などの数値を入力するだけで登録ユニットの修正を自動化するシステムも開発した。既に 3 種類のユニットに対応しており、技術特許も申請中。対応ユニット数を着実に増やす方針だ。一般的な部材や設備のユニット化は既に業界内で浸透しているが、現場合わせが必要な細かな部材まで対象を広げることがオフサイト生産の競争力につながる。「BIM データ活用の拡大がユニット化の幅を広げている」と手応えを口にする。
施工プロセス変革に向けて乗り越えるべき課題は多岐にわたる。DX 開発課の萩野矢和弥課長は「社内のあらゆるデータを整理し、施工プロセスを通して蓄積したデータをいかに利活用するか、その基盤づくりがわれわれの役割」と説明する。2 年間かけて現時点の完成形を示したが、進化を続ける DX 戦略に合わせてデータベース基盤も微調整を進める必要があるだけに「常に最適解を追い求める」と先を見据えている。
デジタル推進企画部の齋藤氏は管轄 3 課の成果が着実に積み上がる中で「これから施工プロセス変革の具体的な成果を社内に水平展開していく段階に入る」と先を見据えている。2030 年に向けた同社の長期ビジョン「未来・環境エンジニアリングカンパニー」を実現する上でも「施工プロセス変革の達成に向けて各事業部門が歩調を合わせて進んでいくことが何よりも重要」と強調する。社内には、会社方針として Revit と建設クラウドプラットフォーム『Autodesk Construction Cloud(ACC)』の活用を明確に位置付け、業務での利活用を促すメッセージも発信している。
同社では自社施設として、20 年 6 月に新菱神城ビル(東京都千代田区)、23 年 11 月にはイノベーションハブ本館(茨城県つくば市)が竣工し、現在は 26 年夏の完成に向けて新本社ビル(東京都新宿区)の工事が進行中。プロジェクトは設計者の三菱地所設計と連携した BIM 活用のトライアルプロジェクトでもあり、施工プロセス変革で施工現場やオフサイトとともに重要な役割を担うバックオフィスの具体検証の場にもなっている。
新本社は施工プロセス変革実証の場/バックオフィスにPMr 2 人
2023 年 11 月に竣工した新菱冷熱工業のイノベーションハブ本館(茨城県つくば市)は、同社が施工プロセス変革の重点テーマとして取り組む施工現場とバックオフィスの連携を検証するトライアルプロジェクトでもあった。機械設備工事を担当した同社は代理人を含む現場担当として 2 人の女性技術者を配置した。
施設は S 一部 RC 造 3 階建て延べ 4,807㎡ となり、通常であれば 4、5 人の現場担当を置く規模だが、あえて現場担当を 2 人に絞り、それをバックオフィスの約 20 人で後方支援した。若林達樹横浜支店技術二部長は「仕事の進め方を根本的に見直し、同時に現場の魅力づくりに向けて、女性目線の視点から現場運営のあり方も変えたいという狙いがあった」と説明する。
最前線の現場担当とバックオフィスは、オートデスクの建設クラウドプラットフォーム『Autodesk Construction Cloud(ACC)』で情報を共有してきた。課題として浮き彫りになったのは進捗管理の部分だった。バックオフィスの人数を多くしたため、情報共有のタイミングが担当者ごとに異なってしまい、円滑なコミュニケーションが難しかった。「バックオフィスの適正な体制を検証する上で、大いに参考になった」と振り返る。
その経験を生かして今年 4 月に着工した新本社ビル(東京都新宿区)では、バックオフィスの担当窓口を明確に位置付け、現場との情報共有が円滑にできるように枠組みを構築した。同社が担当する機械設備工事の現場代理人を務める前原恵二首都圏事業部技術一部技術三課主査は「PMr(プロジェクト・マネジャー)と副 PMr の 2 人をバックオフィスの担当に置き、情報共有の流れを一本化する体制にした」と説明する。
23 年 11 月竣工のイノベーションハブ本館では BIM ソフト『Revit』を全面導入したが、新本社ではあえて別のソフトを使い、建築工事の施工者が提供する Revit データと、中間ファイル形式の IFC データを介して ACC 上で統合する。デジタル推進企画部 BIM 課の酒本氏は「並行して Revit モデルを作成しながら比較検証も進めており、これによって Revit の優位性を実証していく」と考えている。
S 一部 SRC・RC 造地下 2 階地上 13 階塔屋 1 層延べ 1 万 8,090㎡ の新本社は、自社開発のさまざまな脱炭素技術を導入する環境配慮型ビルとして計画している。現場では建築工事の杭打ちがスタートし、並行して総合図の作成も動き出しており、建築、機械設備、電気それぞれの BIM モデルを統合し、設備機器類の仕様決めも進行中。前原氏は「専門工事会社の立場だけでなく、施主の目線からも ACC 活用を検証できる機会になっている」と語る。
20 年 3 月竣工の新菱神城ビルを出発点に、23 年 11 月竣工のイノベーションハブ本館、そして 26 年夏の竣工を目指す新本社ビルは「まさに施工プロセス変革に向けた実証の場」と、デジタル推進企画部の齋藤氏は位置付ける。特に新本社ビルは Revit と ACC を活用した集大成のプロジェクトとなるだけに、酒本氏は「ここでの成果を社内に向けた Revit 普及の起爆剤にしたい」と期待を寄せている。施工 BIM ツールに定めた Revit をいかに社内に浸透させるか。それは同社にとって施工プロセス変革を成功に導くための乗り越えるべき最重要課題でもある。
施工図対応できる BIM 人材育成へ/導き出した成果を水平展開
施工プロセス変革に乗り出す新菱冷熱工業は、施工現場、オフサイト、バックオフィスの密接な連携による工事最適化を進める上で、3 拠点をつなぐBIM データの存在を重要視してきた。3 年かけて複数のツールを検証し、2022 年 10 月から標準ツールとしてオートデスクの BIM ソフト『Revit』を本格導入することを決め、同時に建設クラウドプラットフォーム『Autodesk Construction Cloud(ACC)』の活用にも踏み切った。
実は、社内では先行して 20 年から都市環境事業部の生産設計部と企画設計部が Revit の導入に乗り出していた。地域の建物群に熱供給設備の地域冷暖房プラントを整備する同事業部では、工事の元請け企業として活動するケースが多い。企画設計部設計一課の小林正和専任課長は「われわれは配管計装図(P & ID)から詳細図面化しているが、いずれ設計から施工までワンモデルで検証していくことを目指しており、それを実現するツールとして Revit を選択した」と説明する。
デジタル推進企画部 BIM 課と連携しながら配管計装図に基づく自動モデリングシステムの開発も進行中だ。Revit による設計作業は社員 10 人程度と外部オペレーター 10 人の計 20 人体制で取り組んでおり、「ゆくゆくは総合図まで担える BIM 人材を少しでも増やしていきたい」との思いを持っている。
BIM 課の酒本氏も「今後、社を挙げて Revit の導入を推し進める上で、単に操作スキルだけではなく、現場のことを理解し、施工図まで対応できる BIM 人材の育成が急務になる」と考えている。同社新本社ビルで機械設備工事を仕切る現場代理人の前原氏は「施工図に対応できるオペレーターを増やすことで現場の対応力はさらに増す」と、協力会社側の BIM 人材対応も重要視している。
社内の BIM 教育も本格化している。Revit と ACC の操作講習をオリジナル教材で進めているほか、選抜者への BIM マネジメント教育も準備中だ。新入社員には 3 週間の施工図教育を位置付け、作成した Revit データを ACC 上で共有しながら指摘事項の部分について社員同士でチェックし合う取り組みも展開している。今年の研修では 56 人が参加し、1,700 を超える指摘事項が出てきた。講師役を務める BIM 課の八束響主務は「この抽出データを技術講義のメニューにも反映していく」という。
Revit の定着に向け、社内の歯車をいかにかみ合わせるか。デジタル推進企画部の齋藤氏は「施工プロセス変革の実現には基盤ツールである Revit と ACC の定着が欠かせない。全社に浸透させることがわれわれの重要なミッションである」と力を込める。BIM 課が主体となり、ライン部門と BIM 推進の課題を議論するディスカッションもスタートした。
着実に進展する同社の施工プロセス変革は、25 年 9 月期が仕上げの年になる。陣頭指揮を執る焼田氏は「導き出した成果のビジネス的な効果を測定し、社内に水平展開していく」と明かす。施工現場、オフサイト、バックオフィスが連携した三位一体の変革は「社の文化や風土の部分にも直結する。まさに意識を変える試みでもある」と強調する。新たな施工プロセスへの道筋を、あえて“改革”でなく“変革”とした部分に、同社の変わろうとする強い決意が込められている。
この事例は2024年12月6日から12月13日までに日刊建設通信新聞で掲載された「連載・BIM/CIM未来図 新菱冷熱工業」を再編集しています。