同社にとって野球場照明改修は浜松球場が初の試み
同社にとって野球場照明改修は浜松球場が初の試み

オランダに本社を置く同社は、グローバル電気機器メーカーであるフィリップスの照明事業部門から 2016 年に分社化し、18 年 5 月に社名をフィリップスライティングから現在のシグニファイに変更した。売り上げ規模は 1 兆円を超え、このうち業務用製品分野が全体の 7 割を占める。国際サッカー連盟(FIFA)の推奨照明メーカーに認定されるなど、特に競技用スタジアムに強く、ワールドカップサッカーの 22 年カタール大会では 8 会場全てに同社の照明が採用された。

日本では、17 年からスポーツ向け照明分野に力を入れ始めた。納入実績はさいたまスーパーアリーナ、豊田スタジアム、ノエビアスタジアム神戸など全国で 30 事例を超える。日本初のまちなかスタジアムとして 23 年 12 月に竣工したエディオンピースウイング広島にも同社製品が使われている。同社日本法人であるシグニファイジャパン(東京都品川区)の篠塚泉バリュー・クリエイション部アプリケーションスペシャリストは「機器自体の照射性能はもちろんだが、豊富な実績に裏打ちされた照明設計力や制御システムによる演出力が当社の強み」と強調する。

スタジアムの照明基準は細かく設定され、場内を明るく照らすだけでなく、選手の影を出さないなど競技に支障が出ないような照明の当て方も強く求められる。原田朋治コネクテッドソリューション推進部プロジェクトセールスマネージャーは「近年は既設の競技施設を LED 化する需要が拡大している。単なる機器の改修にとどまらず、照明の演出も含めて付加価値の部分を重視した提案を心掛けている」と付け加える。

同社では国内の競技施設で 6,000 を超える HID ランプ(高輝度放電灯)の納入実績がある。HID ランプを構成する主要材料サプライヤーの事業撤退に伴い、国内外の照明メーカーでは HID ランプの生産終了が相次ぎ、同社では 17 年から LED 投光器の提供を本格化してきた。これまでサッカーやラグビーなどの競技場を中心に LED 化の改修を手掛けてきたが、野球場の照明改修は同社にとって浜松球場が初の試み。「世界各国のサッカースタジアムで培った経験やノウハウを詰め込んだ」と、2 人は口をそろえる。

国内納入実績は、さいたまスーパーアリーナなど30件超
国内納入実績は、さいたまスーパーアリーナなど30件超

浜松球場の夜間照明塔塗装と照明 LED 化事業は、浜松市から公募型プロポーザルで東光高岳・ミライト・ワン・松川電気 JV が受託した。日本プロ野球のホームスタジアムにも劣らない演出機能を含めた光環境の実現が提案され、シグニファイジャパンは機器提供に加え、照明設計の役割で参加した。

浜松球場は両翼 99 m、中堅 122 m で、6 基の夜間照明塔が配置されていた。照明設計を担当した篠塚氏は「周辺も含めた球場全体の点群データを取得した上で、竣工図面を基に現況の 3 次元モデルを作成し、照明位置や照射角度を厳密に割り出してきた」と説明する。設計の最適解を導くためのツールとして、オートデスクのビジュアライゼーションソフト『3ds Max』を軸とした 20 種類もの関連ソフトをフル活用した。

ドローンで4時間かけて球場周辺の点群取得
ドローンで4時間かけて球場周辺の点群取得

計画と実測の誤差なくす照明設計/現況把握に信頼パートナー

浜松球場の照明設計は、グローバル展開するオランダ照明器具メーカーのシグニファイの中でも18 人しかいない社内最上位資格「グローバルスポーツエキスパート」に認定されたシグニファイジャパンの篠塚泉氏が手掛けた。

スポーツ施設では、競技ごとに明確な照明基準が定められている。同社の LED 投光器は発光範囲が狭く、ピンポイントで明るく照らせる性能があり、競技エリア全体を照らす条件下では投光器の台数をより最適化できる。篠塚氏は「照明塔のある高さ 40 m の位置から競技エリアを照らす際、投光器同士の照射エリアのぶつかり合いをなくすことにより、均一な照度環境を確保できる。そのためにも計画と実測の誤差をどれだけなくすかが重要」と強調する。

照明設計は、3 次元計測によって周辺を含む点群データを取得し、球場の現況 3 次元モデルを作成することから始まった。ある国内大型スタジアムの照明改修を手掛けた際には、実測した結果と竣工図の位置が最大 3 m ほどずれていたこともあった。特に高さ 40 m にも及ぶ照明塔の明確な位置を割り出す際には地上からの計測では難しい。「まずは現況の明確な把握が重要になり、点群計測と統合モデル化の信頼できるパートナーに依頼した」と明かす。

担当したのは当時、オノコム(愛知県豊橋市)で VDC(バーチャルデザインコンストラクション)推進室長だった林和弘氏。オートデスクの BIM ソフト『Revit』を本格導入する同社の中で、3 次元計測による現況データと建物モデルを統合する独自の設計スタイルを確立した中心的な役割を担っていた。現在は独立し、VDC(東京都千代田区)代表を務める林氏はドローンを使って 6 基の照明塔を含む球場全体を 4 時間かけて 3 次元計測したデータを球場施設の 3 次元データと連携させた統合モデルを作成し、「照明の光源位置を厳密に位置付けた」と強調する。

点群と球場施設の 3次元データを統合
点群と球場施設の 3次元データを統合

以前の照明塔には 1 基当たり 72 もの HID(高輝度放電灯)投光器が配置されていた。篠塚氏は「その光源位置を明確に把握できなければ、的確な照明設計を実現できない。林氏の協力なしに厳密な位置を割り出すことができなかった」と付け加える。光源位置は投光器の可動軸から 200 mm ほど前の部分になる。改修前は光源位置がバラバラの状態だったが、球場外に光が漏れる光外は基準を満たしている状態だった。

浜松球場の照明設計では、現況データと建物データを組み合わせた VDC の統合モデルが基盤となり、最適な照明パターンを割り出してきた。「この課程が照明デザインで一番楽しい」と語る林氏は、オートデスクのビジュアライゼーションソフト『3ds Max』を主軸に、照度計算に強い『V-Ray』と、フォトリアルにたけた『Corona Renderer』という 2 つのレンダリングソフトで作業を進めた。

シグニファイジャパンの原田氏が「海外では実績のある野球場の照明改修だが、国内では浜松球場が初の取り組みだった。今回の実績が次へのきっかけになる」と先を見据えているように、リニューアル後の浜松球場の照明塔は 1 基当たりの投光器数を半分の 35、36 個に減らし、大幅な省エネも実現した。しかも1基当たりに五つの演出照明を設置することで、エンターテインメント性も付加した。同社はみなとみらいや金沢港などのライトアップも数多く手掛けており、「光演出の部分でも当社の強みを発揮することができた」と強調する。

20種の3次元ツール駆使し最適照明/浜松球場は設計通りの数値

「設計通りの数値を導き出すことができた」。浜松球場の照明計画を手掛けたシグニファイジャパンの篠塚氏は手応えを語る。場内を 189 エリアに細分化した実測では内野が平均 3,700 ルクス、外野が平均 2,400 ルクスとなり、JIS 基準の 2 倍近くの照度を確保した。セカンドベース付近は 2,800 ルクスを確保し、左右の誤差もほぼなかった。

JIS基準照度の 2倍近くを確保
JIS基準照度の 2倍近くを確保

浜松球場の夜間照明塔塗装と照明 LED 化事業は、公募型プロポーザルで東光高岳・ミライト・ワン・松川電気 JV が特定され、シグニファイジャパンは照明設計の協力企業として参加した。同 JV が示した提案は照明塔 2 基同時施工による 1 カ月の工期短縮とともに、日本プロ野球のホームスタジアムにも劣らない演出機能を含めた光環境の実現だった。「実は投光器の角度が1度ずれだけで、照度は 100 ルクスも落ちてしまう。設計通りの数値を確保できたのは精度の高い施工が実現した証しでもある」と強調する。

設計段階ではドローンで取得した球場全体の点群データを、オートデスクのリアリティーキャプチャーソフト『ReCap Pro』を使ってビジュアライゼーションソフト『3ds Max』のデータ変換した上で、モデリング、レンダリング、照度、演出など計 20 種類ほどの専門ソフトと使って進めてきた。「主軸になる 3ds Max だけでは実現できない。相性の良い専門ソフトを適材適所で使い分けながら最適解を導いた」と説明する。

シグニファイジャパンの設計を支えたパートナーのVDC の林氏も同調する。BIM の推進役を担っていたオノコム時代から点群データと建物データを統合した統合モデルを軸に作業を進めてきた経験から「的確な計測方法でベースとなる点群データを取得することが重要であり、それを的確なツールを使って統合モデル化してきた」と語る。

照明塔は高さ 40 m に達し、球場周辺には樹木もあり、現況の適切な 3 次元計測には豊富な経験とノウハウが求められた。現況データと建物データとの統合作業では、東光高岳 JV から提案時に共有された球場の 3 次元データが大いに役立った。通常は竣工図をもとに 3 次元データ化することが多いだけに「より迅速な作業を実現する後押しになった」と両氏は口をそろえる。

篠塚氏は「スポーツ照明は競技エリアをただ明るく照らせば良い訳ではない。競技者の視覚に照明の光が当たらないような緻密な設計が求められる。しかも照明基準は競技ごとに細かなルールがあり、設計には多くの実績や経験も大切。照明パターンの最適解を導く上で、3 次元モデルデータの活用が欠かせない。浜松球場では当社の強みを最大限に発揮できた」と力を込める。

照明塔の LED 化が完了した浜松球場では、8 月 1 日にこけら落としとなる「中日ドラゴンズ」と「くふうハヤテベンチャーズ静岡」によるウエスタン・リーグのナイター試合が行われた。JV スポンサーの東光高岳によるライトニングショーも催され、新しく生まれ変わった照明塔による光の演出が来場者を魅了した。

リニューアルされた照明塔は 1 基当たり 72 個設置されていた HID ランプ(高輝度放電灯)が 35、36 個の LED 投光器に変わり、大幅な省エネ効果も実現した。球場関係者からは「グラウンドに立つと、以前よりも照明塔の明るさが際立っている」との声が聞こえてくる。緻密な 3 次元解析に基づく計算されたシグニファイの光は、躍動する競技者をくっきりと映し出している。

(左から) VDCの林氏、シグニファイジャパンの篠塚氏と原田氏
(左から) VDCの林氏、シグニファイジャパンの篠塚氏と原田氏

この事例は2025年9月17日から19日までに日刊建設通信新聞で掲載された「連載・BIM/CIM未来図 シグニファイ」を再編集しています。