「組織設計事務所の先頭で BIM をけん引するのではなく、トップグループの中で BIM の実力を付けながら、身の丈に合った当社らしい BIM の確立を目指す」。社内の先導役となる上羽一輝 D× デザイン室長は BIM の階段を一歩ずつ着実に上がっていくことを重要視している。
設計ツールとして使っていたオートデスクの汎用CAD 『AutoCAD』との親和性を考慮し、標準 BIM ソフトを『Revit』に決めたのは 2009 年。当初は Revit への完全移行を目指してきたが、実績を重ねる中で「Revit を軸に AutoCAD を効果的に使う流れが定着している」と説明する。
基本設計では AutoCAD でシングルプランを描き、Revit でモデリングする流れが主体となっていたが、最近は基本設計から実施設計まで一貫して
Revit で取り組むケースも出てきた。手間のかかっていた設計変更に伴う見直しなどの作業を Revit の中でより効果的に処理できることも後押しになっている。
上羽氏は「若手を中心に BIM の裾野が広がり始めている。この流れを発展させ、これからは実施設計への展開に乗り出す」と強調する。目線の先にあるのは BIM 確認申請への対応だ。国土交通省は 25 年度から確認申請の BIM 図面審査をスタートすることを決め、27 年度以降からは BIM データを使った自動チェックも計画している。「国の動きに合わせるためにも、実施設計の BIM 対応を前提に取り組んでいく」と先を見据えている。
工場プロジェクトでは、確認検査機関の日本 ERI と連携し、オートデスクの建設クラウドプラットフォーム『Autodesk Construction Cloud(ACC)』を使った確認申請の事前審査にもチャレンジした。クラウド上の BIM モデルで不整合などの確認が行われ、完了後には検査機関のクラウドにデータをアップロードする流れを試みた。「BIM 確認申請が現実味を帯びれば社内の意識も変わり、BIM との距離感も縮まってくる」と受け止めている。
設計チームは、設計総括を頂点に、業務をマネジメントする担当責任者を配置し、その下に意匠、構造、設備の各主任担当が任命される。20 代、30 代の若手は率先して BIM を指向し、意匠ではモデリングツールと連携しながら Revit を効果的に使う設計担当も少なくない。「40 代以上となる担当責任者クラスの BIM 意識を定着させることが、実施設計への展開を見据える上での重要なテーマ」と位置付けている。
同社が BIM 導入に力を注ぐ背景は、確認申請などの外的要因だけではない。上羽氏は「顧客と向き合い続ける上で設計品質の向上が前提になり、それを下支えするツールとして BIM が有効に機能する」と強調する。D× デザイン室の発足と同時に、社内では品質推進本部を「技術本部」に変更したことも、BIM 定着の流れと深く関係している。
設計品質向上ツールに BIM 定着/維持管理段階の活用事例も
東畑建築事務所は D× デザイン室の発足に合わせるように、品質推進本部を「技術本部」に改変した。近年の設計活動では ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)化など環境配慮の視点が不可欠となり、BIM データを活用した環境シミュレーションを導入するケースが大半を占め、設計品質向上のツールとして BIM が定着している。岡本茂常務執行役員技術本部長は「社内では BIM データを使い、設計の付加価値づくりを進めている。品質の向上はわれわれにとっての技術力の成果であり、それを反映した名称に変更した」とその理由を明かす。
同社は、創業者・東畑謙三の理念『最大よりも、最優たらん』に基づき、一貫してクライアント側の視点を大切に品質確保を最優先して成長してきた。計画立案から設計、施工、維持管理まで建築ライフサイクルを通じて「クライアントに寄り添う手段としても BIM が効果を発揮する」ことから、同社は BIM と設計品質の関係性を強く結び付けている。
時間外労働時間の上限規制が始まり、従来の品質を確保するために BIM による業務効率化や省人化を推し進めることも、品質確保につながる取り組みの 1 つに他ならない。岡本氏は「われわれの技術力はまさにクライアントへの貢献につながる。BIM を使いこなすことで技術力を高め、設計の価値を創出していく」と強調する。
社内では 2022 年 11 月に DX タスクフォースを発足し、設計、運用、維持管理の 3 ワーキングループ(WG)が動き出した。DX タスクフォース座長も務める岡本氏は「BIM を軸にデジタル活用を推し進め、設計品質の新たな価値につなげていく」と語る。BIM と DX(デジタルトランスフォーメーション)の融合を図るため、BIM 推進室を D× デザイン室に変更したことは、技術本部の改変と密接につながっている。
DX タスクフォースには意匠、構造、設備の各部門から 15 人を選抜した。新たな設計手法を模索しつつ、クライアントに寄り添うための品質向上に力点を置いた DX を前提に活動を進めている。重点テーマの 1 つとして位置付けるのが維持管理段階への BIM データ活用だ。運用、維持管理の両 WG では設計段階から効果的な運用方法や、IoT(モノのインターネット)を活用した維持管理手法などを考察している。
構造設計室の主管として D× デザイン室に所属し、DX タスクフォースの主要メンバーでもある山本敦氏は「建築情報を構造化されたデータとして蓄積していくことが業務の自動化や AI(人工知能)への展開に必要不可欠だが、一方で維持管理段階に BIM を手軽に活用できるという視点はクライアントとの結び付きを考える上で重要になる」と説明する。
東洋ビルメンテナンスの研修所新築プロジェクトでは、維持管理段階への BIM データ活用を施主と連携して進めた事例の 1 つだ。国土交通省の建築 BIM 推進会議と連携し、BIM の導入メリットを検証する事業にも採択された。そこではオートデスクの建設クラウドプラットフォーム『Autodesk Construction Cloud(ACC)』を基盤に BIM ソフト『Revit』と表計算ソフト『エクセル』を連携させ、汎用的なアプリケーションを使って BIM を活用した維持管理業務の効率化に取り組んだ。
山本氏は「これに興味を持ったクライアントから導入検討の相談があり、専用アプリケーションの開発や専門的なソフトウエアを導入した高度な維持管理とは別に、手軽に取り組める維持管理 BIM には一定のニーズがある」ことを実感している。このようにDXタスクフォースの各WGではアイデアを 1 つひとつ形にしている。DX への取り組みに並行するように、進行中の BIM 導入プロジェクトでは外部連携の動きも広がってきた。
BIMの協業は本音のやり取りに発展/CDE基盤に密な情報共有
東畑建築事務所が遠藤克彦建築研究所と JV で設計を進めている延べ約 3 万㎡の複合施設は、BIM 連携によるリアルタイムな共同作業を実現している事例の 1 つだ。山本氏は「外部の設計事務所や協力事務所との協業に向けて BIM 連携の効果は大きい」と説明する。
遠藤克彦建築研究所とは東畑建築事務所の名古屋、東京オフィスの設計担当が連携し、オートデスクの建設クラウドプラットフォーム『Autodesk Construction Cloud(ACC)』を基盤に、BIM ソフト『Revit』による設計体制を確立している。
このように同社では ACC を基盤にした BIM データの連携が拡大している。構造協力事務所のベクトル・ジャパン(東京都中央区)とはワンファイルモデルによる協業に取り組む。東畑建築事務所の意匠担当とベクトル・ジャパンの構造担当が ACC 上のモデルを『BIM Collaborate Pro』を使ってリアルタイムに確認し合う流れで作業を進めている。
構造業務では協力関係にある武設計(福岡市)とも ACC を使った協業を展開している。山本氏は「お互いの作業進捗が明確に見えるため、本音のやり取りがリアルタイムで繰り広げられ、業務をマネジメントするわれわれの側には安心感が生まれている」と実感している。
国土交通省が設計から施工までの一貫 BIM を試行導入する長野第1地方合同庁舎では、設計業務を担う同社が BEP(BIM実行計画)を作成し、共通データ環境(CDE)としての ACC を基盤に発注者も含めた約 20 人と情報共有を進めてきた。成果品として、BIM データと併せて施工への連携を考慮したモデルの説明書を作成した。
プロジェクトを通して高度な BIM 活用が進展する中で、ACC のようなクラウドプラットフォームについて、山本氏は「情報共有の有効なツール」と考えている。以前はプロジェクト関係者間でモデル確認や干渉チェックなどを行うため、ビューア機能として活用するケースが多かったが、統合モデル化に加え、モデルの指摘事項などを共有し合うコラボレーションツールとしての使い方に進展している。修正指示や修正後の確認などが一元化され、その履歴を皆で確認し合えることで、効率化と品質向上に大きく寄与する。「関係者全員にメリットをもたらすことから、ワークフローの変革を働き掛けていきたい」と付け加える。
今後は、施工者に BIM データを引き継ぎ、工事にどの程度まで利活用できるかも検証する計画だ。民間プロジェクトでは設計 BIM データを施工者に引き渡すケースが少なく、しかも BIM を本格導入する施工者でも着工前までに自らの手で図面をもとに BIM 化する流れとなっているだけに「このプロジェクトを通して一貫した BIM データ活用の利点や課題を検証していきたい」と考えている。
他の官公庁プロジェクトでは、BIM 積算連携も試みた。Revit から部屋、建具、躯体の情報を日積サーベイの BIM 対応建築積算システム『HEΛIOΣ(ヘリオス)』にダイレクト連携することで積算数量の把握が大幅に効率化した。日積サーベイとは部屋情報の在り方などを事前に協議し、より効率的な流れを整えた。
東畑建築事務所は、進展し始めた BIM 導入の流れをさらに円滑に進めようと、品質管理マネジメントシステムに BIM のプロセスを当てはめるなど、社内の BIM 環境整備にも力を注ぐ。上羽氏は「BIM を軸に業務のワークフローが回り始めている」と手応えを口にする。
実施設計のBIMワークフロー確立へ/作図表現の統一化も準備
東畑建築事務所では、設計チームを編成する際、BIM マネージャーや BIM コーディネーターの役割として D× デザイン室のメンバーがサポートし、設計部門と相談しながら BIM 担当を決めている。上羽氏は「実施設計業務への展開を見据える上でも、設計チームの中で BIM コーディネーターを定めて業務を進めていく流れが重要になってくる」と説明する。
品質管理マネジメントシステムの国際規格 ISO9001 に基づき構築している設計プロセスには、3 年前から基本設計着手時に BIM 導入の有無を位置付ける項目を追加している。「国の BIM 確認申請の動きを見据えながら、実施設計段階の BIM ワークフローにも明確に位置付けていく必要がある」と考えている。
国土交通省では建築 BIM 推進会議の議論を受け、2025 年度から建築確認申請で BIM 図面審査をスタートすることを決めた。BIM データを使った自動チェックも検討しており、建築設計事務所にとっては実施設計業務への BIM 対応が必要不可欠になる。国では BIM 導入の底上げを図ろうと、導入プロジェクトを補助対象とする BIM 加速化事業もスタートし、BIM の裾野を広げようと動き出している。
BIM を取り巻く状況が急速に変化する中で、同社は情報収集に向けた対外的な活動にも力を注いでいる。山本氏は建築 BIM 推進会議の標準化タスクフォースに参加しているほか、オートデスクの BIM ソフト『Revit』のユーザー会組織である RUG(オートデスク・ユーザー・グループ)の構造ワーキングリーダーを務めるなど、BIM 関連の対外活動を先頭に立って進めている 1 人だ。
山本氏が「最新動向を水平展開し、課題抽出を進めている」と明かすように、社内では情報共有の場が機能し、意見交換が活発化している。12 年から続いている BIM 分科会は、D× デザイン室との密接に連携した意見交換の場だ。ここには 20 代、30 代を中心に約 30 人が参加しており、月 1 回のペースで会合を開いている。最新プロジェクトの共有に加え、BIM の環境整備に向けて意見を聞くなど、分科会を通じて業務改善の課題抽出を積極的に進めている。
実施設計段階への本格的な BIM 導入を見据え、D× デザイン室では「作図表現」の統一化を準備している。BIM の強みの 1 つである情報の一元化とその集計機能を最大限に生かせるようにテンプレートやファミリを整備している。実施設計段階への展開を図る上で、その強みを生かせる作図表現を社としてしっかりと規定する必要がある。山本氏は「今までの表現にとらわれず、将来を見据えて形づくろうと広く意見を募っている。BIM 確認申請がスタートする前までには一定の成果を示したい」と考えている。
BIM 教育も将来を見据えてカリキュラムを整え、新入社員のジョブローテーションの中に D× デザイン室をしっかりと位置付けるなど、BIM を軸にした人材育成が進んでいる。上羽氏は「当社は BIM の裾野を着実に広げてきた。特に 20 代、30 代は日常ツールとして Revit を率先して使いこなしている。若手が BIM をけん引することが、結果として実施設計への展開につながる原動力になる」と期待している。
クライアントに寄り添う姿勢養う/研修通じてBIMを実感
東畑建築事務所では 2012 年から新入社員の BIM 講習がスタートした。学生時代からオートデスクの BIM ソフト『Revit』を使っている新入社員は多く、今では Revit の基本操作講習を 2 日間にとどめ、実際の設計プランに基づいて実践的に学ぶ時間を増やし、計 5 日間で一通りを学ぶカリキュラムを組んでいる。
上羽氏は「オリジナルのテキストを用意し、それに基づいてサンプルモデルを作成する流れで新人講習を進めているが、その期間に実プロジェクトで BIM を活用する設計担当がいる場合には一緒に参加させている」と説明する。以前は全社員対象の BIM 講習を進めてきたが、当時はまだ BIM 導入案件が少なかったため、講習を完了しても BIM を使う機会に恵まれない社員がいた。現在はプロジェクトの状況に応じて研修を実施しており、過去の研修動画などを有効利用しながら柔軟な対応を心掛けているという。
近年はオートデスクの建設クラウドプラットフォーム『Autodesk Construction Cloud(ACC)』を基盤にプロジェクト関係者間で意思決定を円滑に進めており、『BIM Collaborate Pro』を使った外部との共同作業が広がりを見せている。Revitのコラボレーション機能を使って複数人で 1 つの建物をモデリングするなど、ACC でのモデル共有に関連したカリキュラムも追加した。
山本氏は「グループで作成したモデルからパースや動画を作成し、プレゼンテーションの実習や、VR(仮想現実)を使って実物大のスケール感を体感してもらう教育も進めている」と説明する。新入社員は研修後に各部門を経験するジョブローテーションに参加しており、D× デザイン室もその対象に組み込み、他部署と同様に1カ月間にわたって仕事の流れを経験する。
D× デザイン室では、新入社員が実際の設計の中で BIM を活用するトレーニングとして、1 級建築士試験の実務課題を Revit でモデリングすることにも取り組んでいる。上羽氏は「このように新入社員は研修を通して Revit が日常ツールであることを実感していく」と強調する。
岡本氏は「新入社員が体感しながら BIM の必要性を理解していくように、業務を 1 つひとつこなす中で、社員はクライアントに対して常に寄り添う姿勢を理解し、吸収していく」と付け加える。同社が 6 月 1 日付で品質推進本部を技術本部、BIM 推進室を D× デザイン室にそれぞれ改編したのも「寄り添う姿勢の根底にある設計品質を、BIM を使って進化させていく」狙いがある。
同社は BIM の次のステージとして実施設計への展開にかじを切った。デジタルとデザインを融合させ、設計品質のさらなる向上につなげていく D× デザイン室は今後どう進化していくか。山本氏は「意匠、構造、設備の各部門が横連携していくことが重要になるだけに、まずは BIM に取り組む価値を皆で共有していく流れをつくっていきたい」と語る。
実プロジェクトの設計メンバーには、自発的に BIM に取り組む担当者が増え、彼らを基点に BIM 活用が着実に広がり始めている。上羽氏は「これまでわれわれはプロジェクトの下支え役として BIM の使い方や実践の仕方をマネジメントしてきた。これからは設計品質の部分を BIM によって進化、発展させることが使命になる」と語る。組織改編の先には、同社が目指すべき BIM の到達点が浮かび上がってくる。
この事例は2024年6月28日から7月5日までに日刊建設通信新聞で掲載された「連載・BIM未来図 東畑建築事務所」を再編集しています。