WorkPathのビジョン
WorkPathのビジョン

オフィス設計におけるデータ不在への危機感から

広瀬氏が WorkPath の創業を決意したきっかけは、約 10 年前に遡る。建築のコンサルタントとしてヤフー本社の移転プロジェクトに関わった際、「過剰なセキュリティを排除し、多様な人々が出入りできる空間をつくる」という企画が採用され、役員フロア全体の設計を監修することになった。

しかし、広瀬氏が初めてのオフィス設計で目の当たりにしたのは、業界の非合理性であった。当時はまだ ABW(Activity Based Working)の概念も普及しておらず、海外の什器メーカーが提唱するデザインを模倣するかたちで、明確な根拠なくフリーアドレスやフリースペースがオフィスにつくられていた。「最先端企業であるヤフーでさえ、多額の費用が動くにもかかわらず、データにもとづかずに設計要件が感覚的に決定されるプロセスに衝撃を受けました」と広瀬氏は振り返る。

株式会社ワークパスCEO 広瀬 郁 氏
株式会社ワークパス
CEO 広瀬 郁 氏

さらに、テナントに課される「原状回復義務」や「A・B・C 工事区分」といった日本のオフィス業界特有の慣習も、クライアントにとってブラックボックス化していた。新築ビルのメインテナントとして入居するにも関わらず、いったん安価なタイルカーペットが施工された後、剥がして保管するよう求められる。そうした実態を広瀬氏はヤフー役員らと改めて共有した。

続いて関わった別企業の役員フロア刷新プロジェクトでは、この課題をデータで可視化した。秘書室からは「会議室が足りない」という要望が上がっていたが、実際にセンサーを設置して稼働率を測定すると、1 時間の予約に対して実際は 2 人で 15 分しか利用していないという非効率な利用実態が判明した。「15 分程度が多いのであればと、個室でなくとも少し隠れてサッと話せるスペースを提案し、意思決定の効率化やコミュニケーション活性化という目的を達成できました」と広瀬氏は説明する。

これらの経験から、オフィス計画において、いかにデータにもとづかない感覚的な意思決定がなされているかという事実を痛感。そこで、データドリブンな空間設計事業や支援を行うため、広瀬氏は2020 年 9 月に WorkPath を創業した。

インフィルの BIM で経営指標からエンドユーザー体験まで行う

WorkPath が提唱する「InfillBIM」は、BIM を建築全体の設計ツールとしてだけでなく、データ活用のためのデータベースとして捉え、特に建物の内装(インフィル)領域に特化して活用する。

WorkPathのソリューション
WorkPathのソリューション

COO の野口 努氏は、その意義を次のように説明する。「建築の躯体や設備ではなく、ユーザーが直接触れる内装に特化することで、空間情報と部門や管理コストなどの情報を合わせた、経営判断に直結するデータを効率的に可視化できます」。

株式会社ワークパスCOO 野口 努 氏
株式会社ワークパス
COO 野口 努 氏

事業は大きく 3 つの柱で構成される。第1が「データ分析サービス」。既存建物のオフィス内部情報を BIM モデル化し、財務データや人事データを掛け合わせることで「1 人当たりコスト」「1 人当たり面積」といった経営指標を算出。従来は比較が難しかった異種部門間でも横断的な比較分析が可能となり、客観的なデータにもとづいたファシリティ戦略の立案を支援する。あるクライアントの取り組みでは、全国何十棟ものビルを BIM 化し、各ビルの所有形態、面積、コスト、人員配置といった情報を一元管理するダッシュボードを構築。例えば「家賃を払っている賃借ビルがあまり利用されていないため、自社保有ビルに機能を集約できないか」といった経営判断を、データにもとづいたシミュレーションを通じて迅速に行うことが可能になった。

データ分析サービス
データ分析サービス

第 2 の柱は「設計支援サービス」。初期段階からAutodesk Revit で作成した 3D の鳥瞰パースを用いて顧客とイメージを共有し、イメージの齟齬から生じる手戻りを防ぐ。「レイアウトの検討と並行して、BIM モデルが持つ席数や収納量などの数量データをリアルタイムで提示することで、具体的なデザインと定量的な要件の両側面を直感的に握り合いながら合意形成を図ることができます。体感では、コミュニケーションコストが半分から 3 分の 1 に圧縮されています」と野口氏はいう。

このサービスは、自身が内装設計者となる場合もあれば、ほかの設計会社や PM 会社の支援として行う場合もあるという。

3D内装デザイン
3D内装デザイン

第3の柱が「BIM 導入・運用支援サービス」。主に内装設計事務所などを対象に、BIM の導入から実務での運用までを伴走支援する。独自に開発した軽量な BIM オブジェクト(ファミリ)の提供や、導入初期の負荷が高いモデリング作業を代行する BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)サービスも展開している。

オフィスのエンドユーザー向けには、BIM モデルから生成した 360 度パノラマ画像を Web 上にウォークスルー形式で構築した「Work Place Journey」も開発。従来の分厚い紙のマニュアルに代わり、バーチャルでオフィス内を歩き回れるデジタルオフィス案内として、新オフィスの社内での浸透を効果的に支援している。

WorkPlace Journey
WorkPlace Journey

業務変革ツールまた世界共通言語としてのBIM

WorkPath は単なるツールやサービスの提供に留まらず、その活動を通じて建築・内装業界全体の構造的な変革を促すことを大きなビジョンとして掲げている。「意思決定や営業活動など、上流のプロセス改革に活用できるのも BIM のポテンシャルです」と広瀬氏は強調する。

WorkPath は Autodesk のサービスプロバイダーとして登録し、同社との連携も深めている。「BIM が分析、意思決定、運用管理など多様な価値を生む業務変革ツールであることを示し、BIM プレイヤーの裾野を広げていきたい」と野口氏は語る。特に、関係者が限定的で意思決定の外部要因が少ないインフィル領域は、短期間で多くのプロジェクトを企画からフィードバックまで回すことができ、新しい働き方のプロセスを試す実験場として最適だという。

また WorkPath は今年 3 月、ベトナムに開発拠点を設立した。ベトナムでは大学や専門学校で BIM 教育が標準的に行われており、優秀な人材が豊富に存在する。「コスト削減が主目的ではなく、日本国内の優秀なコアメンバーと、ベトナムの豊富なメンバーを組み合わせることで、事業の拡大に柔軟に対応できるチーム体制を構築しています」と広瀬氏は語る。データ所有権と共有ルールの構築も、重要なテーマとみる。欧米ではデータがクライアントの資産であるという認識が強い一方、日本では設計者の著作物という意識が根強く、データが有効活用されていないケースが少なくない。「一定のルールのもとデータをオープンに共有することで業界全体の利益につながる、日本独自のデータシェア文化を構築できないかと考えています」と広瀬氏はいう。

そして、今年の初夏に広瀬氏と野口氏は、デジタルツインと BIM をテーマにした書籍の出版を予定している。企業の総務担当者や建築を学ぶ学生といった幅広い層を対象とした入門書として、業界の第一線で活躍する企業へのインタビューも交えながら、デジタル化がもたらす未来を解説する。「2030 年に向けて東京の都市開発が 1 つの節目を迎え、人口減や建設コスト高騰も進むなか、今後は新築だけでなく既存ストックの価値向上がより重要になります。デジタルツインを軸とした新しい空間づくりのエコシステムを、業界内のさまざまなプレイヤーと連携しながら構築していきたい」と広瀬氏は展望を語る。

データと BIM を柔軟に駆使し、空間の「つくり手」と「使い手」の関係性を再定義する。WorkPath の挑戦は、建築・インテリア業界全体の構造的な変革を促す試みとして、今後ますます注目を集めていくだろう。

この事例は 2026 年 4 月 28 日に www.archifuture-web.jp で掲載された事例記事を再編集しています。