ワンモデルのきっかけとなったのは、5 年前に構造設計の協力事務所として参加した九州の浄水場プロジェクトだった。機械設備の設計作業が遅れていたことから配管の開口部がなかなか決まらない状況となり、担当事務所から大まかな計画位置を共有してもらい、設備開口部を反映した 3 次元配筋モデルを作成した。安藤氏は「もの決めが早まれば、設計効率は格段に高まる。この経験が今につながっている」と強調する。
1990 年に設立した同社は、土木構造を主体に活動してきた。徐々に建築構造にも活動範囲を広げ、2020 年には建築が全体の4割まで拡大し、現在は土木と建築の売上比率が対等になった。公共事業が中心の土木は年度後半に業務が集中する。年間を通して稼働率を確保するため、戦略的に建築を増やしてきた。
BIM の導入もいち早く取り組んできた。2 次元 CAD による配筋図の作成は作業負担が大きく、修正にも時間がかかる。14 年に Revit の導入に踏み切り、16 年には Revit による土木配筋図の作成に完全移行し、18 年の BIM 課設立を機に、社として本格的にかじを切った。
社員数は、中国·大連の海外オフィスを含め 70 人を超えるまでに成長した。約 50 人の東京オフィスには構造、BIM、意匠設計、CAE の各課を配置し、設計担当は現在 35 人に達する。全員にオートデスク製品を自由に利用できるパッケージライセンス『AEC コレクション』を整備している。Revit を日常ツールとして使いこなし、構造解析ソフト『Robot Structural Analysis』や自動化プログラミングソフト『Dynamo』なども効果的に取り入れている。
ワンモデルへの転機となった九州の浄水場プロジェクトでは、Revit の MEP(設備)機能を使い、事前に把握した複雑な設備配管の開口部をモデル化した。別の浄水場プロジェクトでは設計者から技術者不足による作業の遅れを補うために統合モデルを求められるケースもあった。これを機に他の協力事務所に対しても機械設備や建築設備の情報を事前に提供してもらう試みを始めた。安藤氏は「それが構造、意匠、設備のワンモデル提案に発展した」と明かす。
建築の BIM 対応は、20 年から本格的に動き出した。鶴山昇取締役営業部長は「BIM をきっかけに現在は大手·準大手クラスのゼネコンや建築設計事務所からの依頼が着実に増えている」と語る。首都圏で進行中のプロジェクトでは基本設計の早い段階から参加し、構造、意匠、設備のベースとなるワンモデルを構築し、そこから詳細な設計を段階的に積み上げていく試みで成果を収めた。設計者からは「設計工期の 2 割短縮につながった」との評価を受けており、ワンモデル提案が強みの 1 つになろうとしている。
安藤氏は「構造設計事務所のわれわれが意匠や設備の部分までモデル化することで、業務全体の最適化を支援していく。海外の BIM コーディネーターのように建築プロジェクトの下支え役として成長していきたい」と強調する。将来を見据えて重要視するのは BIM 人材の育成だ。独自の教育カリキュラムも確立した。BIM をきっかけに同社は新たなビジネス展開に向けて進化を始めた。
限界までモデル作り込む設計集団/教育カリキュラムを事業化
安藤氏は「限界まで BIM モデルを作り込んでいる」と語る。構造モデルを基点に意匠や設備の各モデルも作成する独自のワンモデル提案を展開する同社では「配筋 1 本 1 本まで細かく描くモデルづくりに、あえてこだわっている」と付け加える。
社員が日常ツールとしてオートデスクの BIM ソフト『Revit』を使いこなせるように、BIM 教育に力を注いできた。新入社員は 2021 年に 7 人、22 年に 14 人、23 年に 6 人とコンスタントに採用しており、2024 年 4 月には 4 人を迎え入れた。1 日 8 時間トータルで 3 カ月間の独自カリキュラムを確立し、Revit の操作スキルに加え、土木や建築の細かな納まりまで徹底して学ばせている。
「Revit は機能がとても豊富な幅の広い BIM ツールであり、ポイントを押さえて学んでいくことが重要になる。ゲーム感覚で課題を 1 つひとつクリアしながら成長していくようにカリキュラムを工夫している」と説明する。Revit の操作スキル習得に 1、2 週間を費やした上で、簡単な土木構造物から設計してもらい、徐々に地下構造物や建築など複雑な設計に挑むようにカリキュラムを設定している。その際に細かな部分の納まり方など現場目線の専門知識も伝授している。
習得内容も Revit の基本操作にとどまらない。設備設計に対応できるように Revit の MEP(設備)機能に加え、自動化プログラミングソフト『Dynamo』などにも触れてもらうほか、実務でプロジェクト関係者との情報共有が欠かせないことから、クラウドソリューション『Autodesk Construction Cloud』についても一通りの操作を習得させている。
「BIM が当たり前の時代がもうすぐそこまで来ている。これは私自身が経験した感覚に似ている」。安藤氏は建設会社の土木構造設計部門で苦労しながら図面と向き合っていた 20 代の頃を鮮明に思い出す。独立した 1990 年にはまだドラフター(設計製図機械)を使って設計していたが、CAD の到来によって設計の進め方は大きく変わり、生産性も向上した。それ以上に「BIM は大きな生産改革を生む」と確信している。
国土交通省は直轄事業で BIM/CIM の原則適用に踏み切り、建築分野では設計や施工段階のモデル作成費用を補助する建築 BIM 加速化事業も 2023 年 3 月にスタートした。ただ、社を挙げて BIM の導入にかじを切った企業の中には、思うように定着しない状況に悩む社も少なくない。
最近は BIM で着実な成長を遂げる同社の姿を見て、取引先から独自に展開する BIM 人材育成カリキュラムに関心を示す声も舞い込むようになってきた。鶴山氏は「実は今、当社で実践している教育カリキュラムを事業として業務展開できるのではないかと考え、2024 年 4 月から 2 人、5 月からはさらに 2 人の受講生を受け入れる」と説明する。
社を挙げて BIM に取り組む企業の多くは、独自の教育カリキュラムを運用しているため、新たなプログラムに切り替えるためには時間がかかる。安藤氏は「依頼があればいつでもスタートできるように東京オフィスへの受け入れ体制も整えている。今はまだ最大 6 人ほどしか受け入れられないが、要望が増えてくれば専用のスペースを確保して事業として拡大していきたい」と考えている。
このように同社は、蓄積してきた BIM のノウハウを足かがりに新たな事業化に向けた業容拡大を日々模索している。Revit で設計した配筋データを加工機、さらには出荷までシームレスにつなげる独自の受発注スキームも確立した。「だからこそベースとなる BIM データは徹底的につくり込んでいる」と力を込める。
鉄筋の受·発注システム確立へ/BIM 出発点に業容の拡大
土木·建築構造設計事務所のベクトル·ジャパンは、BIM を軸に明確な成長戦略を描く。安藤氏は「現在 70 人体制で 7 億円を売り上げるが、10 年後には 200 人体制で 20 億円規模まで業績を伸ばしたい」と明かす。重要視するのは「安定して利益率で2割を確保することであり、そのためにも本業の設計業務だけでなく、BIM をベースに事業展開も積極的に進めていく」と強調する。
同社は、一貫構造計算ソフトのデータを中間ファイルを経由して Revit 上に書き出した上で、建築の構造モデルを作成している。それによって窓位置などの開口情報を反映したモデルとなり、簡単に図面も出力できる。設計変更のたびに構造計算をやり直し、図面と計算モデルを見比べる作業も必要ないことから、建設会社に対して構造図への展開サービスをスタートした。
振り返れば、同社の足跡は業容拡大の流れをくんできた。1990 年の設立時は土木専業構造設計事務所として活動してきたが、建築構造にも活動領域を拡大し、BIM の本格導入に合わせて構造、意匠、設備のワンモデル提案を確立した。設計活動が BIM を軸に回り出し、設計成果が BIM データとして蓄積するようになったことで、BIM データを利活用する事業スキームの確立を始めた。
その 1 つが、オートデスクの BIM ソフト『Revit』で設計した配筋データを工場の加工機に共有し、出荷までを一貫してコントロールするもので、設計から加工、出荷までを担う受発注システムとして確立した。ビジネス特許も取得済み。「鉄筋の Amazon 版システムを目指す」と明かす。
鉄筋加工機トップメーカーの東陽建設工機(大阪市)から加工機のパラメータを共有してもらい、Revit データを加工機に連携できるようにシステムを整えた。既に鉄筋加工工場での検証も完了しており、ゼネコンとの実証実験も進行中という。
維持管理段階の BIM 活用も、将来を見据えた事業領域として強く意識している。建築物だけでなく、工場や下水処理場など敷地内の地下埋設物の位置情報も Revit を使えば一元管理ができる。安藤氏は「BIM の神髄はデジタルツインであり、BIM モデルはより緻密に作成してこそ、利用価値は高まるだけに構造モデルも意匠モデルもミリ単位まで突き詰めて細かく作成するようにしている。部材や設備機器などの属性情報も入れられるようなモデル提供を常に心掛けている」と強調する。
同社は、BIM を武器に進化を続けるようと、常に可能性を追い求めている。鶴山氏は「BIM をフル活用して土木と建築の両分野に対応する構造専業設計事務所は他にない。この強みを今後も最大限に発揮させていく」と語る。近年は建築構造の業績が着実に拡大し、売上比率は土木と建築の割合が対等になったが、今後も建築をさらに増やす青写真を描く。土木系大学は少なく、土木技術者の確保が難しいことから、建築を主体に人材を確保することも将来を見据えた戦略の 1 つだ。
安藤氏は「BIM で事業拡大を図るが、建設プロジェクトの下支え役として、今後も協力事務所としての立ち位置にこだわる」と言い切る。建設業で DX(デジタルトランスフォーメーション)が進展し、建設プロジェクトのデジタル活用がより多様化する中で「当社独自のソリューションを展開していきたい」と続ける。
経営目標の 1 つとして位置付けているのが株式上場だ。社員にも伝え、一丸となって突き進もうと動き出した。「われわれにとっての生命線は人材である。株式上場は人材採用の面でも大きな効果があり、必ず達成したい」。BIM が同社を新たなステージに押し上げる原動力になろうとしている。
この事例は2024年4月22日から4月24日までに日刊建設通信新聞で掲載された「連載・BIM/CIM未来図ベクトル·ジャパン」を再編集しています。