PFI、新社屋でフル BIM 挑む/規格化がデータ循環の転機に
同社が SPC(特別目的会社)の代表として PFI 事業「鳥取県西部総合事務所新棟・米子市役所糀町庁舎整備等事業」の優先交渉権を獲得したのは 2021 年 1 月のことだ。県と市の連携事業とともに、建設地が本社のすぐ近くという立地性もあり、野津社長には「是が非でも手掛けたい」という思いがあった。同時期には自社の新社屋の建て替え工事も動き出す。「ちょうどタイミングが一致した」と力を込める。
社を挙げて取り組んできた BIM は設計部門と施工部門が連携しながらサービス付高齢者住宅を中心に十数件の導入実績を誇るが、設計から施工、維持管理までのフル BIM を手掛けた実績はまだない。PFI はあらかじめ提示された要求水準を満たせば、自由な発想で新技術を導入でき、新社屋では自社が建築主であるという視点から円滑な維持管理に向けた BIM 活用が検証できる。「この 2 つでフル BIM にチャレンジできる意義は大きい」と考えている。しかも県内の PFI で地元企業が SPC の代表を務めるのは初の試み。国土交通省 21 年度の BIM を活用した建築生産・維持管理プロセス円滑化モデル事業としても採択された。
同社が BIM を導入した 04 年は BIM 元年よりも5年も前にさかのぼる。当時入社した新田唯史 BIM 戦略部長がオートデスクの BIM ソフト『Revit』を使い始めたことがきっかけとなった。当初は 1 人で地道に使っていたが、生産効率化の手段になり得ると、09 年に BIM 戦略部の前身となる IPD センター、16 年には施工段階の拡大に向けて社内プロジェクトチームも発足し、体制を整えてきた。
それでも社内に BIM を本気になって取り組もうという前向きな意識は広がらなかった。19 年に BIM を PDCA サイクルで回す幹とし、そのプロセスにおける情報の流れ方を定めた独自 BIM 規格『Σ-BIM』の構築が転機となった。応用技術(大阪市)が提供する Revit 支援パッケージの『BooT・one』がその基盤を支えた。新田氏は「Revit を使うだけで生産性が向上するわけではない。仕事の流れに沿って、目的を持った正しいデータを作るからこそ、情報は循環し、BIM のメリットが出てくることを実感した」と振り返る。
大手ゼネコンを出発点に、中堅・中小の建設会社にも BIM 導入への機運が広がりつつある中で、野津社長は「BIM は魔法の杖ではなく、BIM ユーザーに取り組みのメリットを実感してもらうことが重要」と訴える。BIM 規格の構築をきっかけに「社内の各部門が BIM 導入の目的をしっかりと感じ、それが意識変化につながった。特に施工部門に当事者意識が生まれたことが何よりも大きい。ようやく組織が一枚岩になってきた」と手応えを感じている。
縄張りなくなり踏込む意識/着実に等身大の BIM 活用
「部門間連携ができていないと、社員が気付いてくれたことが、BIM 活用を次の段階に進めるきっかけになった」。美保テクノス(鳥取県米子市)の野津健市社長は、社内の意識変化をそう例える。2019 年の BIM 戦略部発足を機に独自の BIM 規格を構築し、導入基盤を整えたが、当初は設計部門と施工部門には、お互いに対する不満がくすぶっていた。
BIM 導入を先導してきた設計部門は正しい図面を作成することに注力してきたが、次工程を担う施工部門への配慮に欠けていた。「工期半減」というあまりにも高い目標設定を示したことで、施工部門はあきらめ感を抱いてしまい、本気になって取り組む意識が薄れていた。両部門はお互いに連携を意識することもなく、噛み合わない状態が続いていた。
意識変化が起きたのは、標準ツールに位置付けるオートデスクの BIM ソフト『Revit』を使いこなすために導入した支援パッケージ『BooT・one』を提供する応用技術(大阪市)からの助言だった。大手ゼネコンで BIM の推進役を担い、現在は BooT・one のテクニカルディレクターを務める高取昭浩高取建築情報化コンサルティング代表からの言葉が施工部門に共感を与えた。
21 年 6 月に開いた応用技術との意見交換で、高取氏は「日本の建築生産システムは、図面の中にさまざまな情報を入れ込んでいる。そこには情報を伝えるための図面化の作業があり、実はその図面化に多くの人が苦労している。BIM プラットフォームの中でデータのやり取りを行う流れが確立できれば、将来的には図面ではなく 3 次元モデルによる情報のやり取りになる。図面をなくすことが BooT・one の最終目標の 1 つでもある」と、率直に現場目線のアドバイスを送った。
新田唯史 BIM 戦略部長は「いつの間にか、設計と施工の両部門が抱いていた縄張り意識がなくなり、逆にそれぞれがそれぞれの領域に踏み込む前向きな意識が芽生えてきた」と実感している。社内ではBIM のプロセスを円滑に回すことを第一に考え、各担当者は目の前にある目標に向かって突き進めるようになった。野津社長は「最初から手が届かないような目標設定では誰もついてこない。着実に前進できるような目標を掲げていくことが何よりも近道」と強調する。
フル BIM に挑む PFI 事業の鳥取県西部総合事務所新棟・米子市役所糀町庁舎整備等事業は S 造 4 階建て延べ約 3,600 ㎡。4 月に着工し、23 年 9 月の完成を目指している。国の BIM 導入検証モデル事業にも採択された。新田氏は「われわれの目線からできることと、できないことを明確に把握しながら取り組んでいく」と、あくまでも等身大のBIM 活用を目指す。同時並行で進む新社屋も同様だ。「トライアル・アンド・エラーを繰り返しながら一歩ずつ確実に前へ進んでいる。実はフル BIM への挑戦を許可してくれた社長方針があるからこそ、われわれは思いっきり挑戦できている」と感じている。
維持管理 BIM に踏み込む/ISO19650 認証取得へ
設計から施工、維持管理までのフル BIM に挑戦する美保テクノス(鳥取県米子市)だが、野津健市社長は「BIM による社としての成長戦略を完全に描けているわけではない」と胸の内を明かす。BIM を生産システム改革の手段に位置付けても、導入目標の到達点をどこに設定するかによって、戦略図は大きく変わってくる。大手ゼネコンに先導されるように建設会社の BIM 導入の流れが広がりつつあるが、同社のように地域建設会社が本格導入に踏み切るのは全国でもほんの一握りだけに注目が集まっている。
BIM 導入を積極的に進める同社の取り組みを参考にしたいと、全国各地の建設会社からアドバイスを求める問い合わせも増えている。野津社長は「同業から相談されることはとても光栄なことだが、それが本当の強みとして評価されているわけではない。われわれにとっては BIM がきっかけになって建築受注につながるなど、社としての成長を後押しするものにならなければ、BIM を導入した目的を達成できたとは言えない」と考えている。
だからこそ本格着工を迎える PFI 事業と自社新社屋のフル BIM プロジェクトでは「設計施工にとどまらず、維持管理段階への BIM 活用のステージに踏み込む」という強い思いがある。円滑な建物運用や物件の長寿命化を見据えた BIM データの活用は建築主にとっての大きな利点になり得る。維持管理 BIM で成果を出せるようになれば、受注時の付加価値として建物ライフサイクルの視点から提案できる。「まさにフル BIM へのチャレンジは将来につながる挑戦である」と力を込める。
BIM 標準ソフトとして『Revit』を定め、それを使いこなすために支援パッケージ『BooT・one』を活用し、規格化も完了した同社は、次のステップとして国際規格 ISO19650 の認証取得にも乗り出そうとしている。これは BIM を使って構築した資産のライフサイクル全体に渡って情報を管理する規格となり、対外的にもきちんと BIM を使って生産を進めているという評価にもつながる。
国内では BIM を基盤に設計から施工、維持管理に至るまでの業務プロセスを規定する目的から、大手ゼネコンが先行して認証取得に乗り出している。現時点で認証取得したのは全世界で 200 社、日本国内ではまだ 6 社に過ぎない。同社は既に取得に向けた社内トレーニングを済ませており、1 年後にも認証取得できる見通しで、実現すれば地方建設業としての先行事例となる。
新田唯史 BIM 戦略部長は「BIM の導入プロジェクトが増え、正確なモデルをつくり、社内では後工程にきちんと引き渡す流れを重視している。それが BIM 成功の秘訣と考えており、その証として自分たちの進めているデータ流通の位置付けを第三者に判断してもらうことを決めた」と明かす。ISO19650 の取得は建築主から BIM の評価を得る手段としても有効に働きそうだ。
社内横断で建設 DX 推進へ/デジタルツールは経費扱い
建築分野で BIM 導入を戦略的に進める美保テクノス(鳥取県米子市)は、土木分野でも 3 次元モデルデータの活用を重要視している。国土交通省の直轄事業で 2023 年度から BIM/CIM の原則適用がスタートすることも意識しながら、社を挙げて BIM/CIM 対応にもかじを切った。
その流れは 16 年に取り組んだ鳥取県初の ICT 活用工事が出発点となった。当時の現場は協力会社と連携して ICT プロジェクトチームを立ち上げるとともに、オートデスクの BIM/CIM ソフト『Civil 3D』の導入を決め、現場主体で 3 次元対応を推し進めてきた。それを機に ICT 推進室を発足させ、現在は各現場への BIM/CIM の下支え役として機能している。21 年度には日野川河道整備第 2 工事で国交省中国地方整備局の中国 i-Construction 表彰にも選ばれた。
野津健市社長は「土木分野は国交省が原則化を打ち出したことで、取り組むモチベーションが明確になった。やらざるを得ない状況になり、戦略的に進めることができている」と手応えを口にする。先行して進めてきた建築の BIM 導入が土木部門への後押しにもなった。情報システム部、BIM 戦略部、ICT 推進室が連携した建設 DX 推進委員会も発足し、事業領域にかかわらず横断的にデジタルデータを活用する検討も始まった。新田唯史 BIM 戦略部長は「BIM 導入の際に社員の意識付けを重要視してきたように、土木でも導入目標をきちんと定め、各担当が納得して取り組めるよう、社として取り組むべき事項をきちんとクリアにしている」と説明する。
標準 BIM ソフトに位置付けるオートデスクの『Revit』は現在 27 ライセンスに達する。Revit 支援パッケージ『BooT・one』も同数を確保し、業務ツールとして定着している。この 1 年間で前向きな意識に変わった施工部門が自主的にライセンスの拡充を求めるなど、ライセンス数は右肩上がりに推移している。フル BIM の 2 プロジェクトで工事が本格化すれば、さらにライセンス数を引き上げる計画もある。
「デジタルツールは投資でなく、経費の扱い」と野津社長が説明するように、BIM 関連については各部門から上がってくる予算の要望をほぼ受け入れている。「経営戦略として BIM をやろうと打ち出している以上、会社としても要望に応じて拡充している。要望した社員側もしっかりと自分たちのものにしなければ、という前向きな意識になっている」と強調する。
BIM の社内教育も独自の枠組みで展開中だ。BIM 戦略部が講師役を務め、マニュアルも独自に作成している。通常のカリキュラムは最大 10 日間、80 時間にもおよぶ。会社として積極的に受け入れているインターンシップの学生向けに 2 日間のプログラムも用意している。今春迎え入れた新入社員 11 人のうち、インターン経験者の 4 人は既に BIM 研修を受講済みというのも同社ならではの動きだ。
BIM 軸に社内外へのつながり/成果を地域建設業の導入支援に
美保テクノス(鳥取県米子市)が、BIM ソフトの Revit 向け支援パッケージ『BooT・one』を提供する応用技術(大阪市)と業務提携を結んだのはことし 2 月のことだ。大手ゼネコンを中心に導入が進む BIM だが、資金の面でも人材の面でも厳しい地域建設会社にとってはスタートアップの不安がぬぐえない。両社は低コストでシンプルに BIM を導入できる新たなパッケージツールを提供し、地域建設会社の導入を後押ししたいと手を組んだ。
今でこそフル BIM への挑戦を進める美保テクノスだが、Revit を自らのツールとして使いこなすまで長年悩み続けた。BooT・one の導入をきっかけに成長の道筋を整えてきただけに、野津健市社長には「同じように悩む地域建設会社の力になりたい」との思いがある。それに共感した応用技術の船橋俊郎社長も「地域建設業向けの最適な活用方法を提示し、BIM の普及を盛り上げていきたい」と提携を決めた。
建設会社の BIM 導入機運は高まっているものの、地域建設業にとってはまだ BIM の敷居は高く、導入したくても何から手を付けていいのか分からない状況がある。美保テクノスは 2 件のフル BIM プロジェクトの成果をベースにしながら、応用技術と 1 年かけて地域建設会社向けの BIM 支援パッケージを提示する方針。両氏は「BIM 導入へのベストプラクティス(最適解)を形にしたい」と意気込む。
美保テクノスの新田唯史 BIM 戦略部長は自社が BooT・one を通じて、設計段階から施工段階にデータが流れるようになった状況を踏まえながら「設計や施工の各部門が一体となって BIM の恩恵を受けられる地域建設会社ならではのワークフローを提示したい」と考えている。応用技術の高木英一執行役員 toBIM 推進部長も「よりシンプルな枠組みとして誰もが使いやすい便利ツールに仕上げたい」と力を込める。
地域建設会社にフォーカスしたパッケージは国内初の試みだ。2 月に米子市内で開いた両社の記者会見で、野津社長は「米子を BIM の先進都市にしたい」と訴えた。会見には米子市の伊木隆司市長も出席し、「建設業の技術革新の手段である BIM を支援する新たな枠組みが米子の地でチャレンジすることにワクワクしている」とエールを送った。
地元の鳥取大では、学生が運営する団体『ツナガルドボク』が Revit による BIM 設計コンペを主催しており、美保テクノスは協賛企業として取り組みを後押ししている。近年の建築系大学では BIM を使った教育が広がりつつあるが、同大の学生は土木学科でありながら Revit の高い操作スキルを持つ。野津社長は「コンペが学生にとって BIM の楽しさ、奥深さを知る良い機会になっている」と考えている。4 月に迎えた新入社員 11 人の中には昨年のコンペ最優秀者の姿もある。同社は BIM を通じて、社員同士のつながり、そして社外にもしっかりとつながるきっかけを作ろうとしている。
この事例は、日刊建設通信新聞で 2022 年 4 月に掲載された「BIM未来図 地域建設業はいま - 美保テクノス」の 連載記事を再編集したものです。