大きく変わったスケジュール感/業務を楽しむツール確立
神戸大工学部建設学科を卒業後、1997 年 4 月に東畑建築事務所に入社し、構造設計部門で経験を積んできた。独立したのは 2006 年だった。地道に活動を続ける中で取引先や知人を通して BIM の存在を知った。「最初は 3 次元のツールという認識でしかなかったが、調べていくうちに『I』(インフォメーション)の部分の重要性を知り、これは構造設計に生かせる」とかじを切った。
それまでオートデスクの汎用 CAD『AutoCAD』を使っていたが、思い切って BIM ソフト『Revit』を導入し、社内でトレーニングを重ねながら着実にスキルを磨いてきた。「こんなにもワークフローが異なるとは思いもしなかった」。業務を通して、作業の流れ方が大きく異なることを実感した。
これまでは、設計変更への対応に合わせ、構造計算モデルと構造図の両方を修正する手間が課題としてあった。BIM は設計当初にしっかりとモデルをつくり込むため、前段階の業務量は従来に比べて増えるものの、モデルが構築できれば、頻繁にある設計変更への対応も円滑に進められる。武居氏は「以前と比べてスケジュール感は大きく変わった」との印象を強く持っている。
実プロジェクトで BIM にトライしたのは、18 年に手掛けたプロジェクトが最初となった。オフィスや倉庫など複数の建物で構成するプロジェクトであったが、建物構造はシンプルで初めて BIM にトライする業務としては入りやすかった。設計者は BIM を導入しており、協力事務所として初めて Revit で構造の伏図、軸組図、断面リストなど一般図の全てを描き切った。
この成果が次につながる大きな一歩になった。「いまでは業務の半分ほどを BIM で手掛けるまでに広がった」と明かす。協力事務所として活動する同社では、構造設計者が BIM を使う場合は全て BIM で対応している。構造設計者が BIM を使用せず、2 次元図面のみを求められる場合でも納期に余裕があれば極力 BIM で対応し、BIM モデルから 2 次元図面を出力している。「将来的には全て BIM で対応していきたい」との思いを持っている。
導入から 4 年が経過し、作業のスピード感も「2 次元に追いついてきた」と手応えを口にする。「これからは BIM でできることを 1 つずつ着実に増やしていく。現在はモデルから詳細図をきちんと出力できるようにトライしている」と強調する。オートデスクの自動化プログラミングツール『Dynamo』の勉強も始めた。構造設計者にとって BIM は効率化の手段であるため、自動設計で対応できる部分は 効率化しながら「業務を楽しめるツールとして確立していきたい」と考えている。
Revit と計算ソフトの親和性向上/図面変更への対応力増す
武居氏は、構造設計の業務ツールとしてオートデスクの BIM ソフト『Revit』を使う中で「一貫構造計算のデータを Revit にインポートできる点がメリットの 1 つ」と強調する。現在の業務ではユニオンシステムの一貫構造計算ソフト『SS7』から中間ファイルの ST-Bridge を介して、Revit とデータ連携している。
Revit と一貫構造計算ソフトのデータ連携環境は年々向上しているものの、ソフトのバージョン違いなどが要因でうまく反映されない部材形状もあり、その際には Revit 側の修正とともに、並行して構造計算をやり直す手間が発生してしまう。構造計算ソフトから Revit へのデータ連携は可能だが、これまで Revit 側で修正したモデルの情報を構造計算ソフト側に戻すことはできなかった。
「最近は、双方向連携の流れを確立しようとする動きが広がりつつある」と武居氏は、そうした環境整備に期待と関心を持っている。業界に先駆けて構造システムの一貫構造計算ソフト『構造モデラー+NBUS7』は Revit とのダイレクト連携を整え、双方向のデータ共有を可能にした。武居氏も試行的に使い、その効果を実感した。事務所で使う SS7 も Revit とのダイレクト連携環境を開発している。武居氏は「このように Revit と一貫構造計算ソフトの親和性向上は BIM に取り組む多くの構造設計者が望んでいること」と強調する。
オートデスクの技術営業部門で構造分野を担当する林弘倫 AEC ソリューションエンジニアは「ダイレクト連携の動きはさらに加速する」と先を見据えている。木造系の構造計算ソフトでも Revit とデータをダイレクト連携する新バージョンがリリースされており、一貫構造計算ソフトとの一体化は今後さらに進む可能性がある。
武居氏は「図面の変更要求が繰り返しある構造設計業務ではその都度、計算をやり直す手間は大きく、Revit と一貫構造計算ソフトとのダイレクト連携によって業務効率が進み、それによって意匠設計者とのコミュニケーション向上も進展していくだろう」と見通す。
BIM ソフトベンダーの中でも、オートデスクは API(アプリケーション・プログラミング・インタフェイス)を積極的に公開し、他のソフトと連携するための間口を広げている。一貫構造計算ソフトベンダーだけでなく、積算系や設備設計などのソフトベンダー各社も Revit との連携に積極的に乗り出しているのも、そうしたシステム的な連携のしやすさが要因の 1 つとしてある。
林氏は「そもそも Revit は、データベースとしての色合いを強く持つソフトであり、その点では一貫構造計算ソフトと同じような思想でシステムが成り立っており、データの共有もフィットしやすい関係になっている」と説明する。設計者にとってはソフト同士の互換性が向上すれば、業務効率は一気に高まる。武居氏は「構造計算や構造図の担当者それぞれに BIM を理解させ、同じ目線から業務できるような取り組みも進めている」と語る。
BIM が仕事の流れ変える/ブログで社内のコミュニケーション
業務の半分で BIM を使っているという構造設計事務所の武設計は、武居由紀子代表ら 4 人の設計集団だ。2018 年の初トライを足がかりに、少しずつ BIM の実績を積み上げてきた。武居代表から任命され、BIM モデラーとして設計業務の中心的な役割を担う菊川由香さんは、数少ない情報を頼りに独学でオートデスクの BIM ソフト『Revit』を習得してきた。「当初は Revit を思うように使いこなすことができなかったが、最近は同業と有効な機能の使い方などを情報共有できるまでになった」と明かす。
事務所内でも、BIM について積極的に情報共有を進めてきた。その有効な手段として取り入れたのが「ブログ」だ。武居氏は「7 年前に事務所のホームページをリニューアルしたタイミングでブログをスタートし、社内のコミュニケーションツールとしても有効活用している」と説明する。既に発信数は 80 回を超え、このうち半分以上が BIM に関連するメッセージだ。
最近はオートデスクの自動化プログラミングツール『Dynamo』の教材リストや、一貫構造計算プログラムから Revit への変換手順の比較など業務に直結した BIM 活用のブログ発信が目立つ。「ブログをきっかけに BIM に興味を持ってもらいたい。私たちが BIM によって仕事の流れ方を変えたように、業務効率化のきっかけとして、BIM にチャレンジしてほしい」と考えている。
BIM のネットワークも広がり始めた。所属する日本建築構造技術者協会(JSCA)の委員会で知り合った 2 人の構造設計者とは頻繁に BIM 関連の情報交換を進めている。BIM を使う上での工夫や悩みなどを共有することで「ともに前に進んでいけたら」との思いがある。
武居氏は BIM の進展を背景に、意匠設計者や設備設計者とも一緒に仕事の進め方を効率化できると考えている。モデルの統合によって意匠設計者とは干渉チェックの早期共有、設備設計者とは配管ルートなどの確認がリアルタイムにできれば「プロジェクト関係者間で BIM のメリットを共有できる。最終的に建築確認申請の部分も BIM で効率化していきたい」と先を見据える。
従来は、構造図面の不整合を 2 日かけてダブルチェック体制で念入りに行ってきた。BIM のモデルさえ、しっかり作り込んでいれば、そうした図面チェックの作業時間はなくなり、しかもペーパーレスも実現できる。「スマートフォンの普及で生活のあり方が一変したように、設計業務もデジタル化によって大きく変化する。BIM は私にとって、わくわく感を抱きながら仕事と向き合える手段の 1 つ」と語る。
業務の半分に BIM を取り入れる同社にとって、既に Revit は欠くことのできない業務ツールとしてなじんでいる。武居氏は「もし BIM が使えなければ、戸惑ってしまう。いずれ全ての構造設計業務で BIM を使うことになるだろう。構造設計者の多くに、時間の使い方や業務のスピード感を大きく変える BIM の魅力をぜひ味わってほしい」と呼びかける。
この事例は、日刊建設通信新聞で2022 年 10 月に掲載された「BIM/CIM 未来図 構造設計のいま - 武設計」の連載記事を再編集したものです。