同社は建設ライフサイクルを 9 つの業務プロセスに区分けし、企画・設計から、見積もり、引き合い、原価管理、施工計画・施工図作成、工程管理、進捗管理、品質・安全管理、運用管理までの各段階を BIM でつなぐ。そのデータを時系列だけでなく、プロジェクト関係者にもつなげる「縦と横」の関係性強化が狙いだ。横手氏は DX 戦略を実現する上で「BIM がデータをつなぐための中核ツールになる」と説明する。
今年 4 月の組織再編では、DX 戦略統括部を新設し、そこに DX 開発部と DX 推進部に加え、BIM 推進部を創設した。DX 戦略統括部の片山健一郎統括部長は「各業務プロセスで“武器”となる攻めの DX に向けた具体的なシステムを打ち出していく」と力を込める。そのためにも事業基盤を支える BIM データベースの蓄積が最重要課題だ。同社は受注プロジェクトへの BIM 導入を本格化している。
「この 2 年で現場展開のステージに到達した」。BIM 推進部の齋藤英範部長は 2021 年 8 月にオートデスクと交わした BIM の戦略的提携の覚書(MOU)をきっかけに、施工現場への BIM 導入が着実に進展していることを実感している。東京本店では 10 数現場で BIM 導入が進行中。他の支店でも最低1現場は BIM を導入している。プロジェクト特性や現場の体制を見極めながら導入数をさらに増やしていく方針だ。
そもそも同社が BIM 導入の検討を本格化したのは 17 年からだ。これまでは別の設備 CAD を使っていた。施工や部材の情報を蓄積し、維持管理にも利活用するためには 2 次元ベースの従来システムでは限界があった。標準ツールの選定を進める中で、データベースとして機能する Revit の特性に注目した。BIM 推進部の千葉俊担当課長は「他のシステムと連携しやすく、カスタマイズ性が高い点も強みと考えていた」と当時を振り返る。
同社は、20 年 3 月に運用を開始した高砂熱学イノベーションセンター(茨城県つくばみらい市)の施工段階で Revit を試行的に導入したほか、竣工案件を Revit でモデル化するなどの検証も進めてきた。交わしたオートデスクとの MOU を機に、社を挙げて Revit を基盤とした BIM ワークフローの構築に乗り出した。
国内外の大手建設会社や設計事務所などと幅広く連携関係を構築するオートデスクにとって、高砂熱学工業とは国内設備工事会社と交わした初の MOU となった。23 年 11 月に創立 100 周年を迎える高砂熱学工業にとって、DX は次の 100 年に向けた事業戦略であり、その中核となる BIM 基盤の確立は成長戦略そのものであった。横手氏は「既に海外ではオール BIM に取り組む設備工事会社がある。DX では顧客が欲するデータの提供が前提になるだけに、まずはデータ基盤の BIM 標準化が何よりも重要」と明かす。
最前線のデータ構築が DX の土台に/全国 25 現場で BIM 導入進む
高砂熱学工業にとって、オートデスクと交わした戦略的提携の覚書(MOU)から現在までの約 2 年間は、BIM を運用するための環境整備に力を注いできた。DX(デジタルトランスフォーメーション)戦略の中心に BIM を位置付け、各業務プロセスの変革を推し進める上で、早急に組織として BIM ソフト『Revit』を使いこなすスキルが求められる。MOU では基盤となる BIM データ活用の円滑化を柱の 1 つに置いた。
先行してきたのは Revit を組織として使うための共通ルール(テンプレート)に加え、設備モデルを構築する際に必要な部品データ(ファミリ)の充実だ。既にテンプレート整備は目標の 8 割に達し、メーカーごと仕様が異なるファミリについても 1 部品に最低 1 社以上のデータを整えた。
現在は全国 25 現場で BIM 導入が進んでいる。今後さらに対象数を増やす方針で、導入拡大を見据えながら、テンプレートの整備を完了するとともに、ファミリのストック数も充実させる計画だ。BIM 推進部の齋藤氏は「これからは Revit を使いこなすための導入教育にも乗り出す」と力を込める。今月から運用を始めた技術系社員対象の教育プログラムは 2、3 時間のカリキュラムを複数用意し、業務の合間にウェブで受講できるように工夫した。
施工現場では、常駐する技術者やオペレーターが図面作成を担っている。これまで現場は 2 次元図面を軸に運営してきたが、これからは Revit で作成した BIM モデルから 2 次元図面を出力する流れになる。BIM プロジェクトでは本支店に置く技術生産課が支援する体制を確立し、現場の BIM 導入を下支えしている。
現場の技術者やオペレーターにとっては、ツールの変更に合わせて業務の進め方を変える必要性も出てくる。齋藤氏は「BIM への前向きな意識は着実に広がっているが、従来の枠組みから変わることへの抵抗は少なからずある。組織として BIM に取り組むには一定のルールに沿って業務を進めなければいけない。われわれ BIM 推進部が導入現場と真正面から向き合い、成功体験を水平展開していきたい」と力を込める。
豊富な現場所長経験を持つ堀金範織担当課長を 4 月から BIM 推進部の配属としたように、現場への BIM 浸透を重視した推進体制づくりを進めている。堀金氏は自身の経験を踏まえて「1 カ月あれば Revit の基本的な操作は覚えられる。自らの思い描いたアイデアでデータを使うことができれば、現場はもっと有効に BIM を活用できるようになる」と現場目線で呼び掛けている。
全国 25 現場のうち、ほぼ半数は東京本店以外の各支店が取り組んでいる。最前線の現場がきちんと BIM データを構築し、使いこなすことが、現在進めている基盤整備は DX 戦略の土台になる。DX 推進部の中村邦昭部長は「BIM プロジェクトでは現場、技術生産課、BIM 推進部の 3 者が密にコミュニケーションを取りながら進んでいる姿がある」と、現場の底力を感じている一人だ。
先行する東京本店管轄の BIM プロジェクトでは、現場運営の効率化に向けて BIM データを利活用する現場も現れ始めた。同社はそれらの成果を検証しながら、有効なアイデアについては DX 戦略の具体システムに落とし込んでいく。DX 推進担当の古谷元一執行役員は「BIM のデータベースから各業務プロセスに情報を流す上で、現場の情報をきちんと蓄積することが何よりも重要」と強調する。
BIM が現場のマネージメントツールに/協力会社の導入にも広がり
都内で建設中の大学プロジェクトでは、2022 年 3 月に竣工した A 棟に続き、B 棟も高砂熱学工業が空調工事を担当している。A 棟の着工時期は同社が BIM 導入に向けてオートデスクと戦略的提携の覚書(MOU)を結んだ半年ほど前となり、試行の位置付けながら Revit 活用の初弾プロジェクトに選定した。この流れを発展させる形で B 棟は精力的に Revit の活用に取り組む。全国 25 カ所で動く BIM プロジェクトの模範となる現場でもある。
現場を統括する東京本店第二事業所技術一課の森大作業所長は「設計変更に伴う見積もり作成の際、BIM でリアルタイムに集計したデータを活用している」と、その効果を実感している。工事進捗は 8 割に達し、年明けから最盛期を迎える。これまでの部材発注では図面から数量を拾い、それを表計算ツールに打ち込んでいた。初弾プロジェクトであった A 棟ではまだパラメーター項目の調整をしていたが、B 棟ではシステムが整い、「現場のマネージメントツールとして BIM が機能している」と手応えを口にする。
現場では、BIM モデル作成や導入支援などを東京本店の技術生産一課が担っている。A 棟時代から支援役として活動している木内仁主任はオートデスクのハンズオン研修を受講した上で挑み、今では B 棟現場の BIM を先頭に立って下支えする。「ファミリなどの環境整備が完了し、現場が BIM 導入の効果を発揮できるようになった」と手応えを感じている一人だ。
東京本店では現在、10 数現場で BIM 導入が進行している。Revit の操作支援を中心に各現場への教育的なサポートも担当している同課の釜澤由紀主任は「 Revit 活用に慣れ始めた現場からは、より突っ込んだ質問が出てくるようになっている」と語る。中には技術一課の導入支援を必要としない現場もあり、「BIM の流れが着実に浸透している」と実感している。
Revit 初弾プロジェクトの A 棟では、ダクトメーカーが共有したデータを製造作業に連携する試みにもチャレンジした。森氏は協力会社との BIM 連携が実現すれば「互いがメリットを享受できる」と考えている。B 棟現場で効果を得ている BIM による見積数量の算出だが、協力会社は出力した図面を基に数量を手拾いしている。協力会社が BIM を使いこなし、モデルから数量を算出できるようになれば「われわれとの見積数量の差異も大幅に減り、調整の手戻りもなくなる」と期待している。
協力会社からは、BIM を効果的に使う現場の話を聞きつけ、自らも Revit を覚えたいとの相談が複数社から出てきた。同社が目指す BIM 活用は現場から発注、製造、納品まで一貫して BIM データをつなげていくことだ。木内氏は「協力会社との連携を進めるには一定のルールづくりが欠かせない」と強調する。
釜澤氏は「今後、ワンモデルを軸に現場の関係者が情報を出し入れするようになれば、オートデスクのクラウドツール『BIM 360/ACC』の活用がより重要になってくる」と考えている。森氏は「BIM をデータベースとして位置付け、その中で情報をやり取りすることで、導入効果を最大限に発揮できる」と力を込める。Revit 活用をきっかけに、協力会社との現場連携が一気に広がろうとしている。
設備工事業各社では、同社と同様に BIM 導入の動きが進展しつつある。Revit 活用にかじを切った企業が手を組み、BIM の標準化に向け、今年 1 月に設備 BIM 研究連絡会が発足した。
DX 戦略に欠かせない BIM 標準化/設備 BIM 研究連絡会も始動
社を挙げて BIM 導入にかじを切り、オートデスクの BIM ソフト『Revit』を標準ツールに位置付けた高砂熱学工業にとって、BIM の標準化はDX(デジタルトランスフォーメーション)戦略を実現する上で欠かせない最重要課題の 1 つだ。今年 1 月に発足した設備 BIM 研究連絡会への参加を決めたのは、設備工事業各社が手を組み、BIM 標準化に向かうことで、業界として成長していけるとの思いからだ。
7 社で発足した研究連絡会には現在、同社のほか、朝日工業社、新菱冷熱工業、大気社、ダイダン、東洋熱工業、日比谷総合設備、三建設備工業、 九電工の計 9 社が名を連ねている。あえて幹事会社や代表者を置かず、対等な立場で協力し合いながら活動し、各社がもつ技術やノウハウを連携させ、設備 BIM の標準化を目指す。
これまで高砂熱学工業が自社内で BIM の共通ルール(テンプレート)に加え、設備モデルの構築に必要な部品データ(ファミリ)などの環境整備を進めてきたように、研究連絡会の参加企業も Revit を軸に BIM 導入を推し進めており、標準化への思いは同じだ。DX 推進担当の古谷氏は「Revit を使う企業同士のファミリ共有などは非競争領域であり、BIM 普及を志す企業が標準化に向けて連携し合う意義は大きい」と強調する。
活動も精力的だ。各社の BIM 推進役が標準化の課題を持ち寄り、今後の方向性を議論する勉強会は当初、月 1 回で開いてきたが、現在は隔週のペースで開催するまでに活発化している。ウェブ参加も含め総勢 35 人が集う。同社 BIM 推進部の遠藤裕司担当課長は「標準化を実現しなければという強い思いを持つメンバーが集まり、ファミリ共有や教育など環境整備の方向性について活発に意見を交わしている」と強調する。
BIM を軸に設備工事各社が連携する背景には、世界的にも建設業界における BIM の全面導入が広がり、設備工事各社への BIM 要求が拡大している状況がある。企業や案件ごとに求められる要求が異なり、今後さらに BIM プロジェクトが普及すれば対応が難しくなる。設備工事業として BIM 標準の枠組みを示せれば、顧客へのデータ提供を円滑に進められる。
建築設備機器メーカーに対しても同様だ。今後、業界として設備 BIM が進展すれば、設備工事業各社ごとにメーカーへの要求も異なる状況が広がる。BIM を軸にメーカーとの結び付きを深めるためにも標準化は避けて通れない。研究連絡会が 5 月に開いた機器メーカー向け説明会にはメーカー 20 社から 42 人が参加し、標準化への理解とともに、統一したファミリの提供を呼び掛けた。
国土交通省では、建築 BIM 推進会議による BIM 普及の枠組みづくりが着実に進展している。建設業界への BIM 普及を目的とした BIM 加速化事業にも取り組み、BIM 導入の機運は一気に広がりを見せる。同社 BIM 推進部の齋藤氏は「設備工事各社が思いを 1 つにして、設備 BIM の標準化を構築していきたい」と強調する。
21 年 8 月にオートデスクと BIM 導入に向けた戦略的提携の覚書(MOU)を結んだ同社は、翌年に米国・ラスベガスで開かれた BIM イベント『AU(オートデスク・ユニバーシティ)』に参加し、海外の設備工事会社が BIM を軸に成長している姿を目の当たりにした。横手氏は「世界の BIM の潮流を知り、当社として進むべき方向性が間違っていないことを確信した」と語る。BIM を軸に置いた同社の DX 戦略が一気にアクセルを踏み込むきっかけにもなった。
BIM は DX 戦略のインフラデータ/業務への新たな付加価値
高砂熱学工業の DX(デジタルトランスフォーメーション)戦略はどこに向かおうとしているか。標準ツールに選定したオートデスクの BIM ソフト『Revit』をデータベースとして位置付け、そこに蓄積したデータを各業務プロセスが効果的に出し入れするプラットフォームの構築を目指す。今年 5 月には 2021 年 12 月に掲げた DX 戦略を更新し、建物ライフサイクルにおける GX(グリーン・トランスフォーメーション)実現への道筋を示した。横手氏は「われわれは空調設備のトップランナーとして、人や地球に心地よい環境を創造する環境クリエイターへと進化していく」と力を込める。
同社は建設ライフサイクルを企画・設計、見積もり、引き合い、原価管理、施工計画・施工図作成、
工事監理、進捗管理、品質・安全管理、運用管理まで 9 つの業務プロセスに区分けしている。BIM データは建設段階に情報を付加しながら成長し、建物完成後の運用段階では EMS(エネルギーマネジメントシステム)へとつながり、施設の最適なエネルギー利用を導く。同社はデジタル基盤を確立し、トータルカーボンソリューションを展開する。
DX 戦略では、各業務の効率化や高度化を導くための具体的なシステムを開発し、それによって業務の進め方をも大きく変えようとしている。横手氏は「BIM データが業務をつなぐ役割を担うことで、新たな付加価値を創造し、建物ライフサイクルへの広がりを持つようになる」と強調する。それを具現化するためのシステム開発は、今年 4 月に新設した DX 戦略統括部が各部門と連携しながら担っていく。
片山氏は「全国で動く BIM プロジェクトで検証しながら開発を進めており、プロトタイプが完成しつつある。攻めの DX の“武器”として順次、実用化していきたい。蓄積した BIM データをいかに有効活用できるかが DX 戦略の重要なテーマになる」と明かす。
既に全国で動く BIM 導入プロジェクトでは、設計変更に伴う数量見積もりをリアルタイムに算出するなど、現場が自主的に BIM 活用を進めている。データの蓄積が進めば、業務プロセスの進捗管理を見える化でき、設計作業などで業務の自動化にもつなぐことができる。
同社は、オフサイトの生産施設で設備のユニットを生産して現場に搬入する「T-Base」にも、BIM 連携を推し進める計画だ。Revit データから加工・生産まで展開できる仕組みに切り替えることで、現場から生産への一貫したデータ連携が可能になり、大幅な生産性向上が実現する。建設業界にとっては時間外労働の上限規制がスタートする 2024 年問題も迫っており、業務の効率化や省人化が急務だ。DX 推進担当の古谷氏は「当社にとって BIM が DX のインフラデータになってくる」と強調する。
業務プロセスを BIM でつなぐ同社の DX 戦略の進展と並行して、設備工事業各社の BIM 標準化に向けた取り組みも進み始めた。横手氏は「建設ライフサイクルの中核にある BIM データは、次のプロセスにバトンタッチして新たな役割となり成長していく。業務の進め方は変わり、仕事にも楽しく取り組めるようになる。BIM は次世代の建設業を変えていくきっかけになる」と、BIM が働き方改革にもつながることを確信している。
この事例は 2023 年 10 月に日刊建設通信新聞で掲載された「BIM 未来図 DX-高砂熱学工業」から転載しております。