設計時に施工シミュレーション/「dpc」掲げ業務効率化

同社と BIM の接点は 2001 年にまでさかのぼる。 地元・鶴岡市に設立した慶大先端生命科学研究所との交流がきっかけとなった。当時のバイオ分野ではコンピュータを使った解析の合理化を進めており、その光景を目の当たりにした仲川氏は「建築も設計段階にコンピュータを使ったシミュレーションができれば、施工時の無駄を最小限に抑えられる」と思いを巡らせた。日本に到来した“BIM 元年”より 8 年も前のことだ。

ブレンスタッフ株式会社 代表 仲川 昌夫 氏
ブレンスタッフ株式会社 代表 仲川 昌夫 氏

BIM で地域振興を進めたいと考え、15 年には山形県庄内町と連携し、内閣府の地方創生事業にも取り組んだ。少子高齢化の進展に危機感を抱いていた同町と、建設業界の高齢化に伴う担い手不足や技術伝承へのアプローチとして BIM の普及を目指したいという同社の考えが一致し、地域への BIM 普及に向けた一歩を踏み出した。

翌年には BIM 設計部門を設立し、BIM オペレーターの育成に力を注ぎ、ゼネコンや組織設計事務所への業務支援を行うための体制づくりに乗り出した。BIM の講師を社内に招くとともに、外部講習にもスタッフを積極的に参加させ、社を挙げて BIM スキルの向上を図り、加えて将来を見据えて IT 系人材の採用にも力を注いできた。

同社は主力ツールにオートデスクの BIM ソフト「Revit」を位置付け、現在は新築の設計業務で全プロジェクトに BIM を導入する。意匠担当の 8 割、構造担当では 5 割が Revit を自在に使いこなすまでに浸透した。トヨタカローラのショールームプロジェクトでは BIM を使った干渉チェックで施工時の手戻りを事前に減らした。山形県遊佐町役場新庁舎建設事業では設計段階で町内の全職員を対象に新庁舎 BIM モデルの VR(仮想現実)体験を行った。施工段階では工事監理者として、意匠や構造、設備モデルを使った干渉チェックや収まりの事前確認なども進めてきた。

最近は、大手ゼネコンから BIM 業務を依頼されるケースが増えてきた。仲川氏は「単なるモデラーとしてではなく、業務自体の支援役として連携している」と明かす。意匠設計グループの原拓也グループリーダーは「ゼネコンの施工 BIM が広がる中で、施工図レベルまで対応できる当社の強みが発揮できている」と力を込める。

同社が目指すのは、設計から施工に至るまでの一貫した BIM の活用だ。着工前に施工シミュレーションまで行える dpc の実現により、建築主は建物のデザインや性能、コストを納得のいくまで比較検討できる。施工者も着工前から生産性向上の取り組みを念入りに検討できる。

BIM 導入にかじを切る全国展開のゼネコンとは対照的に、地域建設業では BIM の普及がなかなか進まない。仲川氏は「地元建設会社が自らの力だけで BIM に取り組むことは難しい。当社が橋渡し役となり、協働体制を構築していきたい」と先を見据える。

モデリングは施工図レベルまで作り込む
モデリングは施工図レベルまで作り込む

「dpc」への転換 社内に相互理解/地元建設会社にも道筋示す

総合設計事務所のブレンスタッフが、独自ビジネスモデル「dpc(デジタル・プレ・コンストラクション)設計マネジメント」の考え方に基づき、社内体制を確立している。仲川代表は「われわれの設計は単に仕様を決めるものではなく、部材の工場製作への連携を見据え、施工図レベルまで作り込む」と強調する。

従来は設計者と CAD オペレーターが連携していたが、dpc の確立に向けて設計者や BIM モデラー、BIM マネージャーが密接に連携する枠組みに移行した。BIM を軸に 3 者間で設計の最適解に導く枠組みを確立している。

BIM マネージャーは建築主だけでなく、設備設計や専門工事会社などのパートナーシップ企業との窓口を担う。BIM モデラーは全体の取りまとめ役である設計担当と連携しながらモデル作成とともに設計図などの切り出し作業を行う。意匠設計グループの 原拓也グループリーダーは「専門工事会社とつながった設計が当社の強みであり、本来であれば施工者が担う事前検討の部分まで支援できる」と説明する。

dpc 設計マネジメントの考え方
dpc 設計マネジメントの考え方

dpc 設計マネジメントへの転換により、BIM への意識も広がり始めた。BIM ソフト「Revit」を主要ツールに位置付け、社内教育に力を注ぐ中で「5 年前に dpc の考え方を示したことがきっかけとなり、社内の相互理解が一気に進んだ」と仲川氏は手応えを口にする。ことし 1 月に建築事業部の社員を対象にした意識調査では、全体の 96% が BIM を現場で活用できると考えており、全体の約 6 割が実際に BIM の導入で業務軽減につながったと感じている。

建築事業部の社員を対象にした意識調査

BIM 活用を先頭に立って進める構造設計グループ木造設計チームの庄司直子プロジェクトリーダーは「これからは Revit の設計データを木材加工機に連携する枠組みを構築していく」と意気込みを語る。意匠設計グループの高橋寛プロジェクトリーダーは「現在は試行錯誤の段階だが、これからはモデルデータを積極的に活用し積算の省力化も進める」と先を見据える。

仲川代表は「この 5 年で社内外への dpc に対する理解が進み、どうやればより合理的に業務を進めれるかを社員一人ひとりが意識するようになった」と話す。dpc を広く業界に周知するツールとして営業パンフレットを作成し、建築主や建設会社、専門工事会社などへの PR にも力を注ぎ、2019 年には商標登録も完了した。

大手・準大手クラスなどの全国ゼネコンからは BIM 業務の支援役として連携するケースが着実に増えているが、地元建設会社との BIM 連携は実現していない。仲川氏は「BIM への関心は高まり、積極的に取り組みたいという地元建設会社のトップも多いが、最前線の現場は日々の仕事に追われ、BIM にチャレンジしたくてもできない状況に陥っている。社員の高齢化もあり、BIM への対応が難しい状況となっている」と分析する。

同社が手掛けた山形県鶴岡市の市立先端研究センター設計業務では、BIM モデルを土台に、地方の建設会社が施工で活用しやすい BIM ワークフローを検討し、活用に向けた方向性を提言として示した。「地元の建設会社がどのように BIM と向き合えばいいのか、われわれがその道筋を示したい」と力を込める。

dpc のパンフレット
dpc のパンフレット

地域 BIM 連携のカタチ追求/地元企業 69 社と研究会展開

ブレンスタッフは、地元建設会社の佐藤工務、鶴岡建設、林建設工業、丸高と連携し、2020 年に「庄内 BIM 研究会」を発足した。高齢化や担い手不足に悩む建設会社は生産性向上の手段となり得る BIM に対して強い期待を持っているものの、資金面に加え、人材育成や導入基盤の整備ノウハウもなく、社単独で BIM と真正面から向き合うことが難しい。地元の建設会社や設計事務所、専門工事会社など 69 社が加盟した。

研究会では BIM 活用に向け、講演会や勉強会のほか、情報共有やパイロット事業なども進めている。国土交通省の 21 年 BIM を活用した建築生産・維持管理プロセス円滑化モデル事業(中小事業者 BIM 試行型)にも採択されるなど、地方における BIM 普及のモデルケースとして注目されている。

月 1 回のペースで開く研究会の勉強会では、全国各地で BIM 導入を推し進める地域の建設会社や設計事務所にヒアリングし、BIM 導入へのポイントを抽出している。ことし 7 月には鳥取県米子市に本社を置く美保テクノスの新田唯史 BIM 戦略部長を講師に招き、BIM 導入の目的や進め方について助言を受けた。

美保テクノスは、BIM ソフト「Revit」を標準ソフトに定め、社を挙げて BIM ワークフローを確立を目指している。現在は PFI 事業と新本社屋の 2 つのプロジェクトで設計から施工までの一貫したフル BIM にチャレンジしており、山陰地方を代表する BIM 活用企業となっている。当初は生産性向上の手段として「つくる BIM」を重要視してきたが、現在は建築主や社会への「貢献する BIM」を打ち出している。

ブレンスタッフの仲川代表は「美保テクノスのように BIM 導入を引っ張る強力な推進者と、それをバックアップする柔軟な経営者がいなければ、BIM をものにすることはできない」と考えている。伝統的に築いてきた建築生産システムを継承しながら、そこに BIM の流れを加えてシステムを再構築するには、最前線の現場担当者が主体となり、課題を抽出しなければ、実態に即した生産改革は実現できないからだ。

9 月に研究会との意見交換会にオンラインで出席した国土交通省住宅局建築指導課の松本朋之課長補佐は「地方の建設会社では BIM 導入の進め方がまだ確立していない。1 企業だけで進めていくのは難しく、庄内 BIM 研究会のように地域が連携して情報やノウハウを共有しながら、より良いカタチを追求していくことが近道だろう」と率直に感想を述べる。

ブレンスタッフが dpc 設計マネジメントの確立に乗り出してから 5 年の歳月が経過したが、設計から施工、維持管理まで一貫して取り組んだプロジェクトはまだない。仲川代表は「導入が目的ではなく、BIM を使って何をするか、その目的をきちんと定め、順を追って着実に進めていくことが重要だ」との信念を持ち BIM と向き合っている。

分野を問わず DX(デジタルトランスフォーメーション)が拡大する中、建設産業界では BIM を出発点に DX 推進に乗り出す動きが出始めた。「DX は BIM を活用したフロントローディングの先にある」(仲川代表)。同社は自らが描いた理想的な BIM の“カタチ”に着実に近づいている。

庄内 BIM 研究会
庄内 BIM 研究会設立総会
庄内 BIM 研究会設立総会

この事例は、日刊建設通信新聞で2022 年 11 月に掲載された「BIM 未来図 地域建設業のいま - ブレンスタッフ」の連載記事を再編集したものです。